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経営者報酬研究会 開催コラム


経営者報酬はどのように設定すべきなのか。日本企業の経営者報酬はどのようにユニークなのか。会社のトップがどのように評価され、どのくらいの報酬を得ているのかは、企業の経営方針やコーポレート・ガバナンスの機能、果ては社会全体の公正性にまで関わる大きなテーマです。

特に日本企業の場合、経営者の報酬の在り方は、欧米企業とはひと味違うと長らく言われてきました。なぜ日本では固定給が中心になっているのか、報酬決定プロセスはどのように行われているのか、といった疑問に対しては、過去に研究が進められてはきたものの、実はデータ不足などもあって十分な議論がなされてきたとはいえません。

題材は『経営者報酬の理論と実証』をベースに

こうした背景を踏まえ、改めて「経営者報酬はどう設計されるべきなのか」「日本ならではのユニークな報酬の特徴は何なのか」という問いに正面からアプローチしたのが、2024年11月に刊行された『経営者報酬の理論と実証』です。利用可能な最新データを駆使して、多面的に日本企業の経営者報酬を分析しようとする本書の試みは、実務家や研究者だけでなく、企業に関わるすべての人にとって関心を呼ぶ内容ではないでしょうか。

2024年12月15日には、編著者陣を招いた研究会を開催しました。濵村純平先生、井上謙仁先生、早川翔先生の3名が研究の背景や意義をわかりやすく解説するとともに、ゲストとして登壇された崔真澄さんとの対話を通じて、今後の実務や研究への幅広い示唆について活発な議論が交わされました(本書の詳しい内容は、編著者による以下の解説記事もあわせてご参照ください)。

左から崔氏、早川氏、井上氏、濵村氏

議論の内容

研究会では、本書の内容について特に次の点に注目した議論がなされました。

1. 固定報酬の比重の大きさ

固定報酬の割合が大きいことは長く日本企業の経営者報酬の特徴として認識され、また再び本書においても重要な問題として取り上げられています。実務的な視点からも、このような固定報酬が大きな比率を占める状況が望ましいのかという問題提起がなされてきました。コーポレート・ガバナンスの観点からも、固定給中心の仕組みが本当に適しているのかが検討されてきた経緯があります。

当日の議論では、固定報酬が大きな割合を占める日本企業の経営者報酬は、その文字通り“固定”されているわけではなく、実質的には業績連動の要素が含まれるケースが見られるという指摘がありました(Hamamura et al., 2024)。しかし、経営者報酬の何がどの程度変動しているのか、その背後でどのようなメカニズムが存在するのかは依然として明確ではありません。こうした報酬の在り方を解明することは、コーポレート・ガバナンスにおける報酬制度の役割を考えるうえでも重要な課題だと言えます。

研究会主催者の藤谷氏

2.報酬決定プロセスの不透明さ

もう1つの大きな論点は、報酬決定プロセスの不透明さに関わります。経営者報酬の構造がどのように決まり、株主価値や企業価値との関連がどれほど考慮されているのか、外部からは見えにくい状況が続いているという指摘です。

これにはまず、報酬を検証する上で、誰がその決定権を持っているのかを想定すること自体が難しいという問題があります。これまでの経営者報酬に関連する理論モデルにおける設定と、実際の報酬決定プロセスが一致しているのかも自明ではありません。実務面でも、報酬の仕組みやプロセスが不透明なままでは、外部への説明責任を果たしていないのではないかと議論されました。例えば、報酬委員会がどのように機能しているのかを判断するための十分な情報が、社外の関係者に利用可能でないケースも考えられます。報酬構造やその決定プロセスが不透明であることは、コーポレート・ガバナンス上の大きな課題であり、より詳細な情報が利用可能になることが求められると議論されました。

今後の課題と展開

研究会では、本書で十分に取り上げきれなかった研究テーマも浮き彫りになりました。

1. 雇用慣行とのつながり

1つは、経営者報酬と日本的な雇用慣行とのつながりです。内部昇進が経営者の主たるキャリアパスであることを踏まえると、経営者報酬と日本の雇用慣行の間には強い関係があると考えられます。例えば、支払われる賃金が長期雇用を前提として決定されているようなケースです(小野, 2024: 第8章)。雇用が保証されていること(低リスク)に対する対価や、経営者に現時点では支払われていない年金や退職金といった要素が重要である可能性があります。ところが、本書ではこれらに光が当てられていないため、報酬決定の重要な側面が見逃されている可能性があります。

また、従業員の賃金設定と経営者報酬の決定がどのように関連しうるのかも未解明です。日本企業の経営者は従業員の雇用や賃金に対してコミットメントを持っていると考えられますが、大量データを用いてこのような課題を検証した事例はあまり見られません。

2. 公平性の視点

次に、公平性の観点についても分析が求められるでしょう。米国では経営者の報酬の高額化が社会問題として取りざたされてきた一方で、日本でも経営者と従業員との格差や公正性の視点に焦点が当たる可能性があるという意見も示されました。ところが、日本ではデータの制約から実証的な分析が進んでいないのが現状です。格差への関心が高まれば、企業に対してさらなる情報開示を求める声が強まり、経営者報酬の研究領域に新たな広がりがもたらされるのではないかと期待されます。

3.マクロな示唆

最後に、マクロ経済学的な示唆についても指摘がありました。経営者報酬のコーポレート・ガバナンスとしての機能に注目した政策・制度的な議論でも、現状の日本企業の報酬に関する慣行が問題として挙げられることがあります(経済産業省 2023)[注1]。このような政策的な議論の中では、個別企業の業績ではなく、日本企業全体のマクロレベルでの業績の改善が想定されていると推測されます。

ところが、多くの経営者報酬研究が扱うのは、横断的な報酬構造の差異と企業等のパフォーマンスとの関係です。例えば、固定報酬の割合が多いことと、企業のアウトカムの関係に注目するという研究課題がありうるでしょう。このようなミクロなレベルでの分析が、マクロレベルの示唆を有するのかは必ずしも自明ではありません。日本企業全体の経営者報酬の実務が大きく変わったとして、それによってどのような効果が生じうるのかというマクロレベルの予測をすることが難しいのです。企業横断的な比較研究から示唆が得られる部分もありますが、それをマクロレベルの予測に直結させるには、まだ多くの課題が残されていると言えるでしょう。

[注1] 他にも、内閣府規制改革推進会議「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」(https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2210_01startup/230411/startup11_agenda.html)などがある。

おわりに

今回の研究会は、『経営者報酬の理論と実証』を入り口として、日本企業における経営者報酬の特徴やその課題について、実務と学問の両面から考える貴重な機会となりました。経営者報酬は企業内部の仕組みにとどまらず、社会全体の働き方や公平性、さらには投資家や地域社会との関係にも深く関わる問題です。今後、多様なステークホルダーが本書をきっかけに議論に参加し、報酬制度の透明性と妥当性を高めることで、日本企業の在り方が一層進化していくことを期待したいと思います。

参考文献

小野浩(2024)『人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ』日本経済新聞出版.
経済産業省(2023)「攻めの経営」を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~」https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230331008/20230331008.pdf
Hamamura, J., Hayakawa, S., & Inoue, K. (2024). Is Fixed Salary 'Fixed'? Fixed Salaries in Managerial Compensation Depend on the Firm Performance in Japan. Working Paper.



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