理論的には、ほかの経営者の成果を利用した報酬決定も有効|【連載コラム】日本企業の経営者報酬は、どう決まっているのか!?(第3回・完)
1. これまでのコラムでは・・・
みなさまこんにちは。『経営者報酬の理論と実証』の編著者の1人、濵村です。構想から出版までおよそ1年半と結構苦労しました。研究者の方は「思ったより短いな」と感じるかもしれませんが(笑)
さて、今回のお話をする前に、前回までどんな話だったかをおさらいしてみましょう。第1回は早川先生による、日本企業の有価証券報告書などの公開情報を利用した実態調査の紹介が中心でした。第2回は井上先生による、日本企業の公開データを利用した実証研究の紹介でした。それぞれが日本企業の経営者報酬の実務に焦点を当てた内容となっています。
つまり、これまでは『経営者報酬の理論と実証』の「実証」の部分を中心にお話してきたわけです。なので今回は「理論」のお話をします。私が過去に日本管理会計学会で登壇したとき、「理論の重要な役割の1つは、実証に対して予測を提供することだ」と述べました。実際に、会計・ファイナンスの研究では理論の予測を利用して仮説を構築し、データを使って実証するという流れがとられています。
ここでするお話は、これまでの連載コラムで取り上げられた内容を「どう考えるか」という示唆を提供してくれる理論のお話です。なお、ここでいう「理論」とは経済学をベースとする数理モデル研究をさすと思ってください。こういった研究は、会計分野では分析的会計研究とよばれています。本書(『経営者報酬の理論と実証』)では、そういった理論研究を、第2章で数式を使わずに説明しています。
ちなみに、ガッツリ数式が出てくる会計研究を紹介している書籍として『分析的会計研究』、『契約理論による会計研究』、『人事評価の会計学』、『寡占競争企業の管理会計』などがあります。最後の書籍は私が執筆しているので、興味をもった人はお手に取ってみてください(中央経済社さんがきっとリンクを貼ってくれていることでしょう)。
2. 理論の役割:ボク悪い○○じゃないよ・・・
なぜ、理論が役立つのでしょうか。理論は実務と対比されてときに悪者扱いされますが、理論の役割を考えてみましょう。私自身は、理論と実証、及びケースなどの実態調査はそれぞれが補完し合っていると考えています。たとえば、ケース研究はあくまでも「特定の企業の実態」なので、それがほかの企業にも適用できるかはわかりません。たとえば、メーカーでは有効だとされる管理会計システムも、金融業で有効だとはいい切れません。
対して、理論ではこの特定のケースから抽出された変数間の関係(たとえば、ある管理会計システムと業績の関係)を、よりカッチリと分析できます。数学による分析なので、だれもが正誤を判定できます。つまり、ロジックを数式でたどることで、変数間の関係を、誤解を挟むことなく議論できます。ただしこれはあくまでも、「机上の理論」です。
そこで大規模データを利用した実証研究では、その「机上の理論」が現実の傾向として観察されるかを調査します。つまり、理論によって導かれた「実務的にはこういう傾向があるんじゃないか」という変数間の関係を、分析対象とする企業の平均的な姿をみることで議論します。
逆にいうと理論のない実証は、「変数間の関係を議論できているようで、実はそのメカニズムがわからない」ことが多いです。理論をベースとした実証研究では、理論から導かれた「その変数間の関係が得られるメカニズム」を、結果を説明するときの拠り所とすることが多いです。そのため、理論は実証研究で得られる結果の予測や、変数間の関係の議論について明快なメカニズムを提供するという役割があります。理論の研究者としていいたいのは「ね、理論も怖くないでしょ?」ということでしょうか。
3. 理論・実証・ケースの関係でみるケース研究の強み
さらに、ケース研究も実証研究と当然リンクしています。大規模データを利用した実証研究がサンプル全体の傾向をみるのに対し、ケースは特定のサンプルに絞った議論になります。そうすると、傾向をみるだけでは見落とされていた興味深い実務をみつけることができます。これがケース研究の強みだと私は考えています。そして先ほど述べたように理論はこの強みを応用して、変数間の関係をカッチリ分析します。
私も、このコラムのほかの執筆者たちと取り組んでいる経営者報酬の実証研究では、ケースをベースとして結果を予測したり、仮説を構築することが多いです。しかし、この方法では、メカニズムについてあくまでも推測しかできないという弱点があります。
ただ、このような「実際に実務で何が起こっているか」というファクト・ファインディングな研究も、企業の報酬契約の実態を明らかにするのには必要だと考えています。これは、ともするとケース・スタディと同じような役割をもっているのかもしれませんね。
4. なぜ、相対的業績評価に注目するのか
それでは、前回・前々回のコラムとつなげながら、理論からみた実務のお話をしてきます。前回と前々回のそれぞれで相対的業績評価、すなわち誰か(被評価者)を評価するときに、ほかの人の成果を利用して評価する方法を取り上げました。実は、相対的業績評価は会計研究で1つの重要な研究テーマになっていて、日本企業の経営者報酬を対象とした研究も多いです。これにはちゃんと理由があります。
相対的業績評価は、ノーベル経済学賞を受賞したベント・ホルムストローム(Bengt Holmström)教授の理論研究でそのメリットが示されました。もしかすると、会計人コースWebのコラムで、私の記事を読んだことがある人がいるかもしれません(【経済ニュースを読み解く会計】「自分は自分!」ではうまくいかない - 業績の比較が意味を持つ理由)。そういった人はすでに知ってるお話ではあります。ここでは、本の内容を少し先取りして第2章の一部を紹介します。
過去の経済学の理論では、相対的業績評価が「被評価者を評価する際に、追加的な情報を提供してくれる業績評価」だと示されています。では、会計人コースのお話をベースにどういうことかお話しします。たとえば、新型コロナウイルスが流行して、緊急事態宣言が出ときを考えます。また、利益だけで経営者の報酬を決めているレストラン会社(X社)を考えます。そうすると、当然、レストランにお客さんはいかないので、どうしてもX社の経営者の報酬は下がってしまいます。
この利益の低下は、経営者のがんばりではどうにもできません。ここで使えるのが相対的業績評価です。たとえば、ほかのレストラン会社(Y社)と比べてみます。もし、Y社が努力をあきらめて、顧客をX社が奪うことができれば、X社はそれなりに頑張っていることになります。このように、共通の問題が発生したときに、ある程度、被評価者の努力を推測するのに役立つ情報を相対的業績評価では得ることができます。
ちなみに、この理論的な示唆は経営者だけでなく、企業内部での従業員やマネージャーに対しても適用可能です。我々がなぜ相対的業績評価に注目しているか知ってもらえたならうれしく思います。
5. 契約と罰
前回紹介した内容の中に、運に関する研究がありました。そこでは、「幸運」と「不運」にわけて研究されていることも述べられています。当たり前ですが、数学的には運の要素を報酬契約に含めてはいけません。契約に含めたところで、被評価者の努力を引き出せないからです。
また、ノーベル経済学賞のダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)とエイモス・トベルスキー(Amos Tversky)が示したプロスペクト理論によると、人は損失に対して過剰な反応をすることが示されています。そのため、人は損失を恐れて行動を選択することになります。
そうすると、人は「幸運」を気にしない一方で、「不運」による報酬の減額を過剰に嫌うことになります。すなわち、経営者は不運の際に報酬を減額されてしまうことを恐れて、契約に参加しない恐れがあります。しかし、逆にいえば損失を恐れて慎重な経営を行なうかもしれません。これを前提に考えると、報酬契約を結ぶ際には、損失を恐れて「失敗しない経営」をさせるよりも、「失敗しても大丈夫だから、思い切った経営をしてほしい」という行動をとるように報酬契約を設計する必要があるかもしれません。
第10章の結果がどうなったかは、その目で確かめてみてください。ちなみに、第10章ではプロスペクト理論ではなく、数式に基づく理論から「運」と報酬契約の関係を説明しています。
また、第6章で紹介されているクローバック条項も、経営者の「損失」に対して罰をあたえる仕組みだといえます。このように損失回避行動を利用して報酬研究の中に組み込めば、経営者の慎重な行動や、不正に対する抑止力になると考えられます。第6章では、クローバック条項の効果も議論しているので参照してみてください。
6. 数理モデルだけでは解決できない目標設定の議論
しかし、理論だけでは見落としがちなことを、いくつかのエビデンスは提供してくれています。本書に当てはめると、目標設定に関するエビデンスがこれに該当します。業績評価のやり方が決まっても、「どういう目標を設定すればよいか」は依然、問題として残ります。
実は、目標設定にも「達成できるギリギリの水準で目標を設定すればよい」という目標設定理論があります。しかし、アメリカの実態調査で、実務ではクリアが容易な目標が設定されていることが示されました。つまり、実態は理論を必ずしも反映していません。本書の第3章では、この目標設定に関するエビデンスを整理し、経営者報酬で目標を考える際の示唆を抽出しようとしています。
もちろん、目標設定にもさまざまな論点があります。当然、先ほど書いた「どの水準に目標を設定すればよいか」も問題になります。それに対して、目標の修正も問題としてあがります。被評価者が評価される期間中に、たとえば首相が交代するなどして政策の方針が変わり、自社に悪影響があるケースを考えてみましょう。このとき、最初に設定した「ギリギリ達成できるかもしれない目標」は「達成不可能な目標」になる可能性があります。そうすると、被評価者は「頑張ってもムダ」とやる気をなくしてしまいます。
これに対応するために、目標の期中修正が必要になります。こういった期中にある事象が起こったとき、どう目標を修正するかについても、第3章では議論しています。
7. 経営者報酬は誰が決めるの?
数理モデルで記述される理論では、明確に誰が誰の報酬契約を決めているかがわかります。しかし、実務的には誰がどうやって経営者報酬を決めているかは、あまり明らかにされてはいません。されていたとしても、特定のケースを利用した議論が中心でした。
これに対して、本書の第1章では1年間の企業の有価証券報告書からデータを集めて、「誰に決定権限があるか」を議論しています。このような報酬契約の決定プロセスはあまり明らかにされておらず、これから我々が取り組むべき研究の1つだと認識しています。その走りとなる内容を第1章で議論しています。
ちなみにですが、本書では2020年前後の制度改正を意識した企業が、自社の経営者報酬契約を詳細に開示するようになったことを受けて始めた研究を掲載しています。そのため、そういった開示制度を理解するために、第1章では制度的な側面も記載しています。欲張りセットですね。また、思ったよりページ数も多くなったので、税務的な側面は議論できていません。この点は、我々としても次の研究機会だと捉えています。
8. さいごに
本書は、「日本企業がどうやって経営者報酬を決めていて、どのような報酬契約になっているのか」を中心に議論しています。ケースなどの実態調査では、特定の現象に対して日本企業の実務がどうなっているかを明示的に調査しました。対して、実証では「直接観察できないなら、データ使って推測しちゃえ」と、開示の裏に隠された情報を探りました。つまり、前回・前々回の内容を含めて、理論・ケース・実証などの方法でこれを考えているのが『経営者報酬の理論と実証』です。
御社は自信をもって「自社の経営者報酬は、他社と比べてよりよい報酬システムになっている」といえますか? 他社と比べて自社がどうなっているか、また、平均的な日本企業と比べて自社がどうなっているかを知ることで、「自社の経営者報酬の現在地」を理解できます。そしてそれを通じてようやく、「自社の経営者報酬契約を改善するには」を議論できます。医師が病状を診断して改善に役立てるのと一緒で、自社の状況を理解することが、よりよい経営者報酬への近道ではないでしょうか。本書が少しでも実務の助けになることを我々は願っています。
そういえば、2024年12月15日(日)に、一橋大学千代田キャンパスで出版記念シンポジウムを開催予定です。概要はこちらからご確認ください。
事前質問や会場質問を受け付ける予定ですので、興味をもたれた方はぜひご参加ください。
[Profile]
濵村 純平(はまむら・じゅんぺい)
関西学院大学商学部 准教授
2017年3月神戸大学大学院経営学研究科にて博士(経営学)取得。
主な著書に『寡占競争企業の管理会計』(単著)、『実務に活かす 管理会計のエビデンス』『人事評価の会計学』(共著)(いずれも中央経済社)など。
ウェブサイトはこちら。
■バックナンバー
第1回 経営者の頑張りを引き出す報酬設計
第2回 大規模なデータ分析で因果関係を探る
#経営者報酬の理論と実証 #役員報酬 #会計・税務 #経営・経済