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大規模なデータ分析で決定要因を探る|【連載コラム】日本企業の経営者報酬は、どう決まっているのか!?(第2回)

【編集部より】
日本企業の経営者報酬(役員報酬)はどう決められているか、これまでよくわかっていませんでした。しかし、ここ最近の法令等の改正によって、上場企業においては経営者報酬の決定方法の詳細な開示が求められ、ブラックボックスだったその決定プロセスが徐々に明らかになりつつあります。
関西学院大学の濵村純平准教授を中心とする研究チームは、「経営者報酬の決め方」に関するエビデンスを求めて、有価証券報告書から抽出したテキストデータによる実態調査やケース研究、大規模データを利用した統計的な実証研究等を2022年から開始し、経営者報酬契約に関する多くのエビデンスを明らかにしました。そして、濵村准教授らは、それらのエビデンスを『経営者報酬の理論と実証』(中央経済社刊)という書籍にまとめ、2024年11月末に刊行を予定しています。
中央経済社Digitalでは、そのエッセンスを全3回の連載コラム形式でお届けします。ぜひご一読ください。

連載スケジュール】
第1回 経営者の頑張りを引き出す報酬設計
(2024年11月6日公開)
第2回 大規模なデータ分析で因果関係を探る
(2024年11月13日公開)
第3回 理論的には、ほかの経営者の成果を利用した報酬決定も有効
(2024年11月20日公開)


1. 経営者報酬の金額そのものに注目してみよう

前回は、『経営者報酬の理論と実証』で実施された経営者報酬の実務についての実態調査を紹介しました。近年の内閣府令や会社法の改正は経営者報酬の決定方針を開示するように求めました。それらの開示情報から、日本企業では実際にどのように経営者報酬が決定されているのかについて詳しく調査できるようになりました。

本書では、相対的業績評価やクローバック条項が実施されているのか、ESGに関連する指標がどのように経営者報酬に利用されているのか、について明らかにされました。また、中小企業ではどのような経営者報酬の実務が行なわれているのかについて、インタビュー調査も実施されました。

(1) 実態がわからない企業もある

前回紹介したのは、実際に経営者報酬の決定方法を開示している企業を中心にした調査です。一方、そのような情報を開示していない企業、あるいは開示していてもその内容が詳細ではない企業はどうでしょうか。

ふたつの可能性が考えられます。ひとつは、経営者報酬の決定方針は決めているけれども、それを外部にはあえて開示していない可能性です。ライバルに情報が伝わると悪影響があると考える経営者は、決定方針を開示しないと考えられます。もうひとつは、経営者報酬の決定方針がそもそも決まっていなかったり、決まっていてもあまり細かい方針ではない可能性です。つまり、決定方針の開示ができない企業です。

実態調査ではこのような情報を出していない企業に対して経営者報酬の実務を観察することができません。これが分析の対象に偏りをもたらしてしまい、結果に何らかの影響を与えるかもしれません。

(2) 報酬金額そのものをみてみよう

ただし、決定方針を開示していないとしても、経営者報酬が支払われていないというわけではありません。経営者の努力で企業の業績を向上させているなら、それに対して報酬は支払われるはずです。報酬が支払われないと、経営者はそもそも契約すらしないでしょう。

さらに、支払われた報酬の金額は開示されています。下の図は前回も登場した日立の有価証券報告書に記載されている経営者報酬の金額を示しています。ここから、日立の取締役や執行役に2022年度にどれだけの経営者報酬が支払われているのかがわかります。しかも、報酬の開示情報は日本経済新聞社が出している「NEEDS」のようなデータベースから大規模なデータで入手可能です。

出典:株式会社日立製作所「第153期有価証券報告書(自2021年4月1日至2022年3月31日)」75頁。注は除いている。

(3) 統計的な実証研究をしてみる

そこで、『経営者報酬の理論と実証』では実態調査にあわせて、経営者報酬の金額データを利用した実証研究を実施しています。具体的には、経営者報酬の金額について、会計数値や株価といったデータとの統計的な関係を検討することで、経営者報酬の決定にどのような要因が関係しているのかを探ります。

経営者報酬の決定についての企業の開示情報を直接的にみる分析は「明示的アプローチ(explicit approach)」と呼ばれます。一方、数値同士の統計的関係をみることで、経営者報酬の決定を間接的に測る分析を「暗黙的アプローチ(implicit approach)」といいます。本コラムでは、暗黙的アプローチをとった実証研究を紹介します。

2. 相対的業績評価は利用されているのか?

(1) 相対的業績評価を数値の面からみる

前回のコラムで紹介された「第4章:日本企業の経営者報酬決定における相対的業績評価の利用実態」の実態調査からは、日本企業で相対的業績評価を実施している企業はわずかであることが明らかとなりました。しかし、前述したように、相対的業績評価を利用していてもその情報を開示していない企業があるかもしれません。そこで、「第9章:テキストベースの産業分類による日本企業での相対的業績評価の利用度」では、日本企業で会計利益を用いた相対的業績評価が実施されているのかを検討しています。

(2) ピア・グループをどうやって選択する?

相対的業績評価の実証研究で問題となるのが、比較対象となる他社グループ、つまり「ピア・グループ」の選択です[注1]。暗黙的アプローチでは、企業が開示するピア・グループを利用せずに、研究者がピア・グループを“暗黙的に”選択します。しかし、そのピア・グループが実際に利用されているものとズレてしまうかもしれません。その場合、研究者は相対的業績評価の利用を適切に検出できない可能性があります。

ピア・グループはどのように選択したらいいのでしょうか。相対的業績評価は他社の業績を利用し、経営者の努力とは関係のない外部要因を評価から取り除きます。その際、「業種」と「企業規模」という基準が適しているかもしれません。同業種で規模の近い他社は、自社と同様の外部要因の影響を受けていると考えられるからです。つまり、業種と企業規模という選択基準は、企業の選択するピア・グループを研究者が暗黙的に想定できる確率を高めるでしょう。

(3) 同じ業種でも“同業”じゃない!?

しかし、業種という基準には問題があります。研究者は業種をピア・グループの選択に利用するとき、東証業種分類や日経業種分類などの既存の業種分類を使います。この分類で同じ業種にある企業は同業とみなされます。本当にそうなのでしょうか?

こんな例を考えてみましょう。A社は焼き鳥屋さんとうどん屋さんを経営しています。一方、B社は焼き鳥屋さんだけを、C社はうどん屋さんだけを経営しているとします。この状況では、A社とB社は焼き鳥さんという同業で、A社とC社がうどん屋さんという同業としてみなされるでしょう。

しかし、既存の産業分類ではA社を中心にB社とC社を同じ業種としてしまいます。つまり、A社とC社はちがう食べ物を提供しているのに、同業と扱われてしまうのです。このような状況で、既存の産業分類をピア・グループの基準に使うと、研究者は企業が選択するピア・グループを適切に捉えられない可能性があります。

このような課題を乗り越えるために、第9章では既存の産業分類ではなく、企業の開示情報から産業分類を行なおうとする「テキストベースのネットワーク産業分類」を利用します。この分類では、上述の同業とは区別すべきではないのに同業と区別されてしまうという問題を回避できます。つまり、より実態にあわせた産業分類で分析がきるようになるのです。結果は本書をお手にとって確認してみてください。

3. 幸運が経営者報酬を決めてしまうのか?

(1) 運よく報酬がもらえてしまう!?

相対的業績評価は業績に影響する外部要因を評価から取り除く目的で利用されています。ここで、外的要因のうち、幸運(luck)について考えてみましょう。経営者の努力が業績を向上させるなら、報酬はその努力に支払われるべきです。しかし、景気がよいとか、為替相場が味方してくれたとかで、業績が向上したというときもあるでしょう。

たとえば、トヨタでは2024年3月決算期の連結営業利益(5兆3,529億円)は前期から2兆6,279億円の増益でしたが、為替変動の影響で増加した部分が6,850億円と報告されています[注2]。もちろん、経営努力して業績を向上させた部分のほうが大きいとされています(1兆7,400億円)。しかし、努力とは関係ない要因がどうしても業績に紛れてしまいます。また、いくら経営者が努力しても、不景気や災害などで不運にも業績を悪化させてしまったというケースもあるでしょう。

(2) 幸運を測定して分析しています

経営者報酬で経営者の努力に報いようとすれば、業績に混ざってしまう幸運(不運)の要素は取り除かれるべきです。すなわち、幸運(不運)は経営者報酬と何の関係も有していないと予想されます。果たしてそうなのでしょうか?

「第10章:幸運と報酬:日本における証拠」では幸運と報酬の関係についての証拠を得ようとしています。幸運はどのように測定するのでしょうか? それは本書を読むお楽しみにしていただきたいと思います。また、分析では、幸運と不運を区別することで、興味深い結果が得られています。ぜひ本書で確認してみてください。

4. 他にもいろいろな実証研究をしています

(1) 報酬でも“出る杭は打たれる”!?

経営者報酬の金額の大きさがニュースになることがしばしばあります。報酬が周りよりも高過ぎて目立つと批判される可能性があるのです。そうならないように、経営者報酬は同業他社の状況を見て決定しているかもしれません。つまり、他社の報酬が上がったときに自社の報酬をようやく上げられる可能性が考えられるのです。

“出る杭は打たれる”ので、日本企業では同業他社の様子を伺っているのでしょうか? その点をみるために、「第8章:出る杭は打たれる? 日本企業の経営者報酬のベンチマーク」では、自社の報酬と同業他社の報酬との関係について検討しています。

(2) 市場の競争も報酬に影響する

また、「第11章:製品市場の競争と経営者報酬」では、企業が直面している製品市場競争と経営者報酬の関係を検討しています。競争が激しい場合に、株主は経営者に頑張ってもらえるように、評価に利用する業績の重視の程度を変化させる可能性があります。

利益は過去思考、株価は将来思考の業績尺度といわれることがあります。経営者に将来思考をとらせようと思えば、報酬の算定に株価がより重視される可能性があるかもしれません。そのような現象が日本企業でも観察されるのかについて分析しています。

5. 証拠を総合的に検討しよう

(1) 実証研究の強み

本コラムでは、『経営者報酬の理論と実証』で行なった実証研究を紹介しました。このような暗黙的アプローチでは、大規模なデータを用いて、日本企業での経営者報酬の実務を明らかにします。

実態調査のような明示的アプローチとは異なって、包括的な分析が可能という点は本アプローチの強みでしょう。そこから導き出される証拠は自社の経営者報酬との比較に利用できます。すなわち、ベンチマークとして利用することで、自社の経営者報酬をよりブラッシュアップすることができるかもしれません。

(2) 実態調査と組み合わせて考えよう!

ただし、ここで示された証拠は日本企業の平均的な姿を示しているに過ぎない点は注意が必要です。ある企業のユニークな取り組みはその企業を個別に調査してこそ明らかとなります。そこから得られた証拠は新たな実証研究のアイデアを与えるかもしれません。

本書では、実態調査と実証研究を並列的に行なっています。これらの分析が示す証拠を組み合わせてこそ、日本の経営者報酬の実務がより深く明らかにできるのです。ここが本書の売りだと思います。

これまで2回の連載コラムでさまざまな分析が紹介されてきました。最終回では、『経営者報酬の理論と実証』で実施された分析を理論的な解釈で総括します。

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[注1] ピア・グループについての詳細な議論は、『実務に活かす管理会計のエビデンス』(中央経済社)のChapter 15で紹介されています(宣伝です)。
[注2] トヨタ自動車「2024年度3月期決算報告プレゼンテーション資料


[Profile]

井上 謙仁(いのうえ・けんと)
近畿大学経営学部 准教授
2018年3月大阪市立大学大学院経営学研究科にて博士(経営学)取得。
主な著書に『実務に活かす 管理会計のエビデンス』(共著、中央経済社)など。


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第1回 経営者の頑張りを引き出す報酬設計



#経営者報酬の理論と実証 #役員報酬 #会計・税務 #経営・経済