情報開示の充実、機関投資家とのIR・SR対話の実施|経営企画部門の部長が“現場感覚”で考える2025年株主総会・憂いと備え【第2回】
自己紹介
化学素材メーカー、銀行系証券会社の投資銀行部門等を経て現在、グローバル事業展開をする事業会社(プライム上場/売上高 約9,000億円)の経営企画部門で部長職をしている鷲尾雄太郎(ペンネーム)といいます。これまで、コーポレートガバナンス・コード改訂対応、機関投資家とのIR・SR(シェアホルダー・リレーションズ)対話、外部専門家を起用しての取締役会実効性評価、企業買収防衛策の導入・継続、M&A実行などを担当。この数年は資本市場と経営トップや社外取締役との対話の企画・参画など資本市場と接する仕事を中心にしています。
1 前回のおさらい
前回は次のお話をしました。
今回は第2回ということで、機関投資家のROE数値等の業績基準に抵触する場合でも機関投資家に取締役選任議案に賛成票を投じてもらうための企業の取り組みについてお話をします。
2 情報開示の充実
(1) 機関投資家に成長への期待を持ってもらう
機関投資家は、投資先企業が業績基準に抵触していても例外的に賛成票を投じることがあります。例えば、ROE5%未満が数期継続したような場合でも、その他の要素を考慮して例外的に賛成するケースです。
この場合、機関投資家が重視する要素は何でしょうか? それはROEの数値等の業績基準の今後の達成確度や中長期での企業の業績改善に向けた取り組みなどです。
これについて説明する前に、まずは機関投資家の議決権行使のプロセスを理解する必要があります。機関投資家は投資先企業の株主総会の招集通知の議案を見て、議決権行使基準に抵触する企業をスクリーニングします。例えばROE5%が3期連続で続いており業績基準に抵触しているか否かなどです。結果、業績基準に抵触した企業については、その企業を担当するアナリストに話を聞いて、社内審議して賛否のいずれを行使するか判断します。機関投資家によって違いがあるのかもしれませんが、複数の機関投資家に対話の際に「議決権行使ってどうやっているんですか?」と聞いた時は概ねこんな回答でした。
ということを考えますと、その企業を見ているアナリストが企業をどう判断するかが1つのポイントになってきますので、アナリストに企業の成長を前向きに評価してもらう必要があります。具体的には、「現時点ではROEが低いが、今後、業績は改善していくであろう」「当年度の回復は難しいが、中期経営計画が順調に進捗しており目標とするROE10%の確度は高いであろう」などです。そういう心証をアナリストに持ってもらえるような企業側の情報開示への取組みが最初の第一歩です。
(2) バックキャスティングによる戦略策定-中計の施策は具体的に
企業の戦略策定においてはバックキャスティングを意識することが大事になります。バックキャスティングという言葉は最近よく耳にするかと思いますが、これはありたい姿から今を考える思考法といわれています。最近多くの企業でも戦略を策定する際にこの言葉を使うことが多いです。
バックキャスティングは、ざっくりというと次の3つで構成されます。
①を起点にして②③を考えます。まずは①が大事です。経営トップがリスクをとって将来シナリオを策定します。ただし、独りよがりのシナリオとなってもステークホルダーは共感してくれませんので、将来の外部環境や自社の経営リソースを分析して、論理性があり、かつステークホルダーが納得するシナリオとする必要があります。
ここ最近、業績低迷が続き株価が低迷している企業の場合には、資本市場は企業の戦略の前提となる将来シナリオに疑問を持っている場合もあります。業界のプレイヤー各社ともこの数年業績が低迷している場合、業界構造自体に大きな課題・問題が起きているのではないか、もし、そうであれば将来の改善の見込みも期待できないぞといった懸念です。
このような場合には、目先の短期の業績回復ストーリーよりも、その先の企業の成長戦略について根本的なところのシナリオを示すことが大切です。
もっとも、このシナリオをあまりに長期に捉えすぎてもマズイかなと思います。長期過ぎてぼやけてしまっている企業もなかにはあると思います。超長期のシナリオを頭を悩ませながら策定したところで、必ずしも機関投資家には響かないかもしれません。
新聞や雑誌で20年前に予想した今の世の中という記事を以前に読んだことがありますが、いかに20年前の予想が思いどおりにいかないかがわかります。産業の発展はその時の国の政策、社会経済環境、技術革新等によって大きな影響を受けるし、コロナのようなパンデミックで経済成長が一時的に止まることもあります。というようなことを考えますと、あまり長期のシナリオは真実性が乏しいといえます。せいぜい10年先程度を成長シナリオとして示すことが妥当ではないでしょうか。
次に、この将来シナリオに基づいて中期経営計画(以下「中計」)を策定します。日本企業の多くは中計を策定しているので、ここでことさら詳しく述べることはしませんが、ポイントは数値だけに目を向けないことです。海外企業の中計と異なり、日本企業は3年後の目標数値を掲げることにどうしても目が向きがちです。積み上げ方式で3年後の売上高、営業利益、マージン、ROEを開示することに社内の予算会議で何度も審議したり、経営会議で数度の議論をしたりするなどかなり力を注いでいます。
もちろん、こういう議論をすることは重要であり、目標値を掲げるのは投資家にとって有難いことなのだとは思いますが、中長期の投資家は5年、10年と投資を継続するのですから3年だけの数値を見ているわけではないのです。
そもそも、この中計がバラ色の右肩上がりの計画であっても、収益の低い状態が続く企業の場合には、目標数値もさることながら、より重要なのは目標数値を達成するための具体的な施策になります。高い数値目標を掲げたものの、達成に向けた施策がいまいちわかりにくく、達成に向けて「とにかく頑張ります」という精神論的な感じだと、機関投資家に信用してもらうのはかなり難しいところです。また、中計の年度の途中であれば進捗や、未達であれば挽回策を示すのも重要です。
超長期にならない期間での成長シナリオの策定、そのシナリオの下での今後3年程度の中期の具体的シナリオを策定し、シナリオでより具体的な施策と施策の進捗の情報を開示することが、アナリストに企業の成長や業績改善への期待を持ってもらうことに繋がります。
3 機関投資家とのIR・SR対話の実施
(1) 開示内容の信頼度を高める
情報開示ができた後にやることは、機関投資家とのIR・SR対話になります。
「開示しているのだから投資家は既に知っているのでは?」と考える企業は意外に多いかもしれません。私も以前は、「既に統合報告書や中計で開示しているので、説明してもあまり興味を持たれないのでは?」と思っていました。
けれど、そんなことはないです。機関投資家と企業の間には情報の非対称性があるのです。社内では当たり前のことも社外から見ると新鮮だったりするのです。
これに加えて、そもそも書面の開示には限界があります。より正確にいうと、すべてを細かく中計に書き出すことは現実には難しいです。そこで、これを埋めるのが、対話(エンゲージメント)です。開示した情報内容をベースに自社の機関投資家株主と対話をするのです。対話の役割は紙に書かれていない情報を伝えることにあります。
もう1つ対話の役目で重要なことは、機関投資家の企業に対する信頼をより高めるという点です。そもそも将来の話は1年先であっても不確実性が伴います。顧客に突如何らかの事態が生じて需要減となれば、計画が突然狂うなどということもあり、2年、3年先の話となるとなおさら不確実性は高くなります。そういう中にあって機関投資家は投資をするのです。その不確実性を少しでも低くする上で、対話が大事になります。紙に書かれていないこと、または紙に書いていることのプラスαを対話をすることで信頼度を高めることになります。
(2) 対話での会社側のスピーカーは?
対話を実施するとして、誰がスピーカーとなるべきでしょうか。企業によって色々と考えがあるのだとは思いますが、基本的には会社の「非財務情報を語れるかなり上位の経営層」であることが必要です。すでに終わった決算期の財務情報の話をするのであれば、財務・経理担当役員やIR部長あたりでも足ります。それは終わった決算期の数値成績の結果のお知らせだからです。しかし、不確実な将来の話(=非財務情報)を語れるのは、CEOまたはそれに次ぐポジションで事業全般を語れる経営層でないと難しいのではないでしょうか。
こういうクラスの経営層が長期の成長シナリオ、中計での取組施策、現時点の進捗、未達であれば挽回策について、自分の言葉で、取締役会での議論の様子などを交えて機関投資家と対話をするのです。対話をすることで、機関投資家はその企業の成長性や業績改善の施策の確からしさを判断するのです。
そして、この対話の時期ですが、年明け1月、2月以降頃から開始するのがよいように思います。3月期決算企業であれば、1月下旬または2月上旬に第3四半期の決算発表を行い、企業によっては決算説明会資料や補足説明資料を作成するかと思います。それら資料の開示内容を充実させ、それをベースに機関投資家と対話をします。
第3四半期決算発表のタイミングで何か大きなコーポレートアクションを開示する予定であるなら、それが出た後がよいかと思います。来年の取締役候補者の内示はまだ先だと思いますが、少なくとも経営トップが続投するのであれば、早めの段階で対話をしておくのがポイントです。早めに対話をして、機関投資家から何らかの指摘やアドバイスが対話のなかであれば、それを5月の通期決算発表の際の決算説明会資料に反映させることができ、結果、総会議案の賛成率の向上に繋げることができます。
(3) 社外取締役と機関投資家の対話も積極的に
社外取締役(社外取)が最近、機関投資家との対話に参加するケースが少しずつ増えています。コーポレートガバナンス・コードの第5章「株主との対話」には次の規定があります。
社内の経営陣に限らず、社外取も面談に臨むことが基本とされているのです。そもそも機関投資家は社外取が実務で果たす機能に強い関心をもっています。社外取の数はこの数年で一気に増えましたが、機関投資家の関心は次の段階に移りつつあります。
それは、「果たして社外取の質は十分であるか?」「社外取は取締役会で機能しているか?」です。特に社外取が企業の経営トップなどの経営経験者である場合、その方に対する機関投資家の期待は高いところです。社外取は少数株主の代弁者ですが、社外取が期待どおりの行動を取締役会でしているかを機関投資家は知りたいのです。
最近、統合報告書などで社外取の複数での対談記事を掲載する企業も増えています。けれども、機関投資家からすると「あれって結局、本音の発言のところは削除しているんでしょ」と見られることが多いように感じます。対談での会話をそのままを開示している企業はほぼなく、多くの企業では文字起こしをした後、なまなましい発言はカットしたり、柔らかな表現に変えて、最終的には社外取が見て、細かいことが気になる社外取は自ら最終校正をして、最終化しているのが一般的かなと思います。
だからこそ、機関投資家としては、社外取と直接対話をして、本人の生の声を聴き、社外取が中長期の方向性をどう見ているのか、経営陣の業務執行をどう評価しているのかなどを聞きたいのです。社外取と機関投資家との対話を来年の総会前に実施することは、中計の達成の確度を補強する役割を果たす、つまり経営トップの対話での発言の確からしさを高めることに繋がるかもしれません。
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