YouTubeチャンネルをエンタメ化する方法|【連載】御社のマーケティングをエンタメ化する5つの方法(第2回)
前回のおさらい
前回は、アフターコロナを経た消費のデジタル化の流れを解説し、それがエンタメ・マーケティングと相性が良いこと、中でも動画の活用とイベントがポイントになることを説明しました。今回は動画の活用に焦点を当てます。
多くの組織のYouTubeチャンネルが「過疎化」する理由
現在、営利・非営利を問わず組織と名のつくところは「どこでも」と言えるくらい、とりあえずYouTubeチャンネルを設けているのではないでしょうか。そして、同時に多くの動画の再生回数は微妙な数字であり、その数字が良いのか悪いのかもわからない。場合によっては「コメント欄に書き込みはほとんどなく、たまにある賛辞は営業をかけてくる映像制作会社によるものだけ」という状況かもしれません。
ビジネスにおけるプロモーション動画が、テレビCMの他になかった時代は、テレビ番組の人気に紐づいたCMを出稿できれば、視聴率次第で自社の認知を獲得できていました。しかし、YouTubeでは、誰かが検索するか、YouTubeがおすすめしない限り、動画を見てもらう状況にさえたどりつけません。
このような話をするのは、YouTubeが無料で動画をアップロードでき、とりあえずは誰でも見られるものであるため、それだけで「プロモーションした」つもりになってしまうという話をよく聞くためです。
それと同時にもったいないのが、動画運用をまったく放置をしているわけでもなく、中途半端に更新しているパターンです。この場合、冷静に見れば運用担当者や撮影者の人件費を垂れ流している状態です。しかし、その分の費用を同じオンライン施策でも、例えば運用広告の出稿に振り向けたほうが良いという判断もあり得るでしょう。
動画運用の第一歩は継続の意志を決めることから
動画に限らずSNS系の施策は無料で開始できるものが多いため、手を出しやすいです。ただ、エンタメ・マーケティングの観点からいえば、消費者属性やコンテンツの伝わりやすさの点でInstagramかYouTube(またはTikTok)のどちらかに、まず注力すれば十分だと考えます。これらが成功し、人的・金銭的リソースを振り向けられるのであれば、他のSNSの運用に移っても良いでしょう。
まず、エンタメ・マーケティングでの動画運用において一番大事なことは、定期的に続けることです。YouTubeのチャンネルが過疎化するか否かを分けるポイントは、動画の品質以前に、一定の間隔で投稿し続けられるか否かです。続けられないならば、仮に不定期に年に数本程度、「最高傑作」の動画をアップロードできるとしてもやめたほうが良いでしょう。そして続けるためには、組織化が重要です。出演者、ネタ作りをする人、撮影・編集者。これら3者の責任分担、特に成果物の提出期限を明らかにし、守ることです。
動画のテーマのポイント
では、肝心のエンタメ・マーケティング動画のテーマを考えるにあたってのポイントは何でしょうか? それは面白さの前に、費用と継続性のバランスです。これらをクリアした上で、現実的な動画テーマの方向性を挙げてみました。
(1) 視聴者の探求心への刺激
・自社商品に関連するニュースを取り上げ、本音で討論する
・自社商品に関連するスポットに行き、レポートする
・自社に関連する商品を使い、本音でレポートする
(2) 楽しさ
・自社が取り扱う/関連する商品をランキング形式で紹介する
・自社が取り扱う/関連する商品に関するクイズを出す
第1回でも言及したとおり、エンタメ性のある動画だからといってダンスを踊る必要はありません。また、大手企業の動画コンテンツのようにドラマやショートムービーを作る必要もありません(中小企業にとっては、コストと時間がかかりすぎます)。
もっとも大事なのは、①マスコミでは伝えられてこない本音と、②人の感情を揺さぶることです。その実例を紹介します。
事例:チャンネル「CASTDICE TV」
YouTubeのチャンネル「CASTDICE TV」(https://www.youtube.com/@CASTDICETV)は、全国を商圏とするオンライン個別指導塾が運営するYouTubeのチャンネルです。社会人講師による個別指導で、どのような大学の受験にも対応できる点がセールスポイントです。
しかし、チャンネル「CASTDICE TV」には、塾や予備校のテレビ広告でよくあるような教員の授業風景(有名講師が黒板を背に名ゼリフを語る)や、指導を受けた生徒の感想( 「〇〇先生の丁寧な指導で××大に合格しました」)を収録した動画はありません。
動画の多くは塾長(株式会社キャストダイス代表取締役)の小林尚さんがメイン・パーソナリティとして出演し、主に同塾の講師との会話を収録したものです。動画の話題は進路対策だけでなく、大学や教育行政に関する意見まで幅広くあり、受験生だけでなく保護者にも訴求する内容です。
小林さんは、YouTubeの動画撮影を経営上の最優先事項のひとつと考えており、毎日アンテナを張り巡らせて、動画用にトークテーマを探しているのだそうです。撮影はご自身で行い、撮影した動画ファイルの管理を行うスタッフが1名いる中で、業務委託の編集スタッフ8名に編集を委託する制作体制を取っています。
そして、同時に運用している1分程度の縦長ショート動画用には、クイズやランキングで「楽しさ」を演出する方向にコンテンツの方向性を振っており、台本はスタッフに作ってもらっているそうです。ただし、スタッフは放送作家などエンタメ業界の経歴がある方ではありません。同様の実践をするなら社内スタッフで意欲のある方に担当してもらえば十分でしょう。
小林さんがYouTubeにチャンネルを開設したきっかけは、同塾の創業経緯とも関連します。小林さんは大学卒業後に就職したコンサルティング会社の勤務時代を経て独立し、教育産業で受託業務を請け負う会社を経営していたそうです。しかし、コロナ禍で発注が激減し、それをきっかけにすでに始めていたYouTubeを活用する形でオンライン個別指導塾を開始しました。その後、生徒募集のため、さらにYouTubeにリソースを割くようになりました。
毎週、月曜日は朝から夜まで動画撮影のみに集中するそうです。そして、同社のオフィスの一角には動画撮影スペースがあります。週1回の収録であれば、スタジオをレンタルすることも考えられます。しかし、撮影の都度、機材のセッティングには案外時間を要するため、撮影スペースを常設したのだそうです。
たしかに、セッティングのミスが生じたら、せっかく撮った映像に音声が録音できていなかったなど、モチベーションを落とす事態も生じやすいです。そのためにも、定期的な動画投稿のためには常設撮影スペースの確保は必要といえるでしょう。
YouTube動画の成果指標
では、自己満足に陥らずにYouTubeのチャンネル運営をするためには、どうしたら良いのでしょうか? 小林さんが指標として注視するのは、再生数や高評価数はもちろんのことですが、再生時間と視聴維持率だそうです。視聴者維持率とは、総再生時間に占める再生時間の割合です。例えば10分の動画の内、3分間視聴されていたら、視聴者維持率は30%(3分÷10分)とカウントします。
視聴者維持率については、さまざまなYouTube運用の解説がウェブ上にありますので、それらをもとに動画の構成や演出の改善に取り組むと良いでしょう。動画コンテンツの改善というと、どうしてもコンテンツ(内容)に目が行きがちですが、そうするとコンテンツの改善は、お金と時間がかかる方向に思考が陥りがちです。それよりもすぐにできることは「視聴者の知りたい情報が、なかなか出てこない」といった映像における構成上の問題の改善です。
なお、チャンネル「CASTDICE TV」でのYouTube上の指標と経営上の指標との関連性ですが、目に見えて相関のある指標はないそうです。筆者もYouTubeの運用をしている人から「経営指標と紐づけた効果測定をしたい」という声を聴くことがありますが、小林さんはYouTubeでの発信を「動画は見込み客としての視聴者との関係性を作るためのもの」と捉えています。
YouTubeの動画視聴に関する指標と消費者行動(購買、サービス利用)の関連性を見たい場合は、ある程度、視聴者と関係性を作った後にイベントを開催すると良いでしょう(イベントには他にも重要な目的があります)。イベントについては後の回で掘り下げますが、動画内でイベントの告知を行い、動画を見た人だけの特典を付与するなどリアル側での仕掛けも必要になります。そして、エンタメ産業ではない企業だからこそ視聴者だけでなく、社内メンバーからの協力を取り付けるための共感を引き出せるのがエンタメ・マーケティングの利点でもあります。
バックナンバー
第1回 ちょっとの違いが差別化を生む「エンタメ・マーケティング」のススメ(2024年11月8日公開)
※ 本連載は2か月に1回更新の予定です。
プロフィール
榎澤 祐一(えのさわ・ゆういち)
大手レコード会社・エイベックスに新卒入社後、経営管理担当を経て映像ソフトの販促担当に。黎明期の韓国ドラマや、高速道路のようなインフラを題材としたDVDなど、2000年代当時に市場が未成熟だったソフトをエンタメとして消費者に認知してもらうべく販促に従事した。
その後、カードゲーム会社に入社し、音楽事業立ち上げに参画。音楽を通じた各種ゲームやスポーツの裾野拡大に従事。現在、嘉悦大学経営経済学部・准教授。営利・非営利組織に対して、マーケティングでのエンタメ活用や、それを通じた経営改善を助言・提案している。