ちょっとの違いが差別化を生む「エンタメ・マーケティング」のススメ|【連載】御社のマーケティングをエンタメ化する5つの方法(第1回)
自己紹介
はじめまして。私はエンタメ業界で約20年間実務に関わり、現在、大学でマーケティングの研究・教育を手がける榎澤と申します。大学ではエンタメ(eスポーツ)をマーケティングに導入する手法の教育をしたり、事業にエンタメを活用する営利・非営利組織の運営にも携わっていたりします。この連載では、マーケティングにエンタメを取り入れる手法を「エンタメ・マーケティング」と名付け、その一端をご紹介します。
日本での「エンタメ・マーケティング」の現状
今日では、企業研修やビジネススクール、大学でも実務的なマーケティングの原理が教えられ、ウェブのまとめサイトを見れば、これらの内容を容易にみつけられる時代です。しかし、その知識を自分のビジネスで展開しようと「具体的な施策への落とし込みが難しい」状況は、ありがちではないでしょうか。
そこで本連載では、業種を問わず比較的取り組みやすく、業種によっては取り組んでいないか、まだ伸びしろがある方法として、エンタメを使ったマーケティングをご提案します。
とはいえ、実際のところエンタメを使ったマーケティングは、特段に新しい手法ではありません。例えば、テレビ広告は創生期から音楽、ユーモア、ドラマ、パロディなどのエンタメ要素がふんだんに利用され続けています。
また、学術の世界でもマーケティングでのエンタメは広告を中心に、膨大な研究蓄積があります。例えば、楽しい音楽を聴きながら商品を選ぶほうが、そうでない音楽を聴く時より商品選択する確率が高まるという研究結果を示唆した論文が、約40年前には世界的なマーケティング関連のトップジャーナルに掲載されています。
しかし、今日までビジネスへのエンタメの導入や実践方法について、少なくとも日本では教育機関で教えている例はほとんどなく、個人の独創的アイディアとして済まされてきました。また、広告会社などの専門企業にお任せする領域と考えられる風潮があり続けています。
広告を見る限り楽しそうに見える会社であっても、消費者として、いざその企業に接触してみると、「どこか近寄りがたかった」など広告とのギャップにテンションが下がる経験は、消費者としてありがちではないでしょうか。
つまり、このような会社では「自社に人を寄せ付けるための楽しさ」を演出する仕事を広告会社に外注して、せっかくの広告の「エンタメ・パワー」で消費者を寄せ付けていても、タッチポイント(リアル・オンラインを問わず顧客と接触する、すべての場面)で退けてしまうという、もったいない状況があります。
そこで、本連載では、消費者との最初の接点である広告はもちろんのこと、サービス提供・商品供給時まで一貫して、自社が主体的にマーケティングにエンタメを導入する方法について事例を挙げながら提案します。
TikTokで踊っても売上は増えない
「エンタメ・マーケティング」というと、「TikTok(1~3分程度の短い分数の動画を共有するアプリ)で、駅構内の通行人がヒット曲に合わせて、突然集団で踊りだすフラッシュ・モブの動画を流す」など、広告会社の仕掛けによる大企業のキャンペーン的内容を思い浮かべる方は多いかもしれません。ただ、これで御社の売上が増えることはほとんどないでしょう。
このような施策をする際に、よく聞くのが「ブランディングだから、売上などの短期的成果を求めない」という話です。このような言説はフラッシュ・モブのように広告や動画にエンタメ要素を加える手法である「ブランデッド・エンタテインメント」が念頭にあるものと思われます。
しかし、ブランデッド・エンタテインメントのキャンペーンはー過性のものであり、企画には新規性が常に求められます。2024年現在にフラッシュ・モブの動画を流して注目を集めるためには、企画をひとひねりしないと難しいでしょう。したがって、毎年継続してキャンペーンを実施できるような持続性がありません。さらにいえば、このようなキャンペーンを外注して、仮に成果があり得そうな感じがするとしても、効果を数値化できず、実施予算の捻出が困難な場合もあるでしょう。
そこでご提案するのは、自社で取り組みつつ、質の高いマーケティング調査や売上アップにつなげる方法です。もちろん、中小企業を中心に人的リソース不足が否めない現場は多いと思いますので、外注を否定するわけではありません。しかし、お伝えしたいのは、企画から実行までを外部に丸投げするのではなく、自社で主体的に目的を立て企画しながら、必要な部分をリソースに照らして外注する考え方です。
ポスト・コロナは微差による「エンタメ・マーケティング」の時代
ここまで、エンタメ・マーケティングの日本での現状や、本連載が考えるエンタメ・マーケティングの定義をお伝えてきました。最後に「なぜ今エンタメ・マーケティングなのか」についてお伝えします。
ビジネスにおいてコロナ禍で進展した要素は「オンライン」と言われますが、エンタメ・マーケティングの観点からは、2つの点に注目します。
1つ目は、情報源としての活字離れと動画への依存度の加速です。文化庁では16歳以上を対象に1か月に読む本(電子書籍を含む)の数を調査したところ、2018年の調査時(郵送調査)は1冊も「読まない」人が47.3%だったのが、2024年の調査時(面接調査)には62.6%に上っています。調査結果の急激な変化の要因は、調査法の変更にあるものと推測できますが、別の設問で69.1%の人が「読書量が減っている」と答えています。
さらに、読書量が減少した人に理由を尋ねたところ、その理由のトップ(43.6%)が「情報機器(携帯電話、スマートフォン、タブレット、パソコン、ゲーム機等)で時間が取られる」でした。情報機器の利用目的は動画に留まりませんが、マーケティング・コミュニケーションとして動画の利用は2024年現在において必須と言えそうです。
2つ目は、リアルの体験価値のインフレ化です。学術界では21世紀初頭に「体験価値」や「経験経済」という言葉が注目され、ビジネス界にも広まりました。ポスト・コロナでは多くの企業が人手不足の解消やコスト圧縮のためにオンラインやデジタルを活用する中、事業効率を維持しながらのリアルでの価値創出は、大きな差別化要因になっています。
例えば、コロナ禍では企業での飲み会が激減し、飲食業の中でも特に居酒屋業態が打撃を受けました。ポスト・コロナの2024年は1月~9月に飲食店が650件倒産しており、2020年を上回るペースです。
一方、業績好調な外食企業を見ると、ランチで食べる定食のような日常的な食事を出すお店を除けば、明確な来店動機を作っているお店のようです。外食産業での来店動機というと、「その店でしか食べられない食事を出す」、「自炊で作れない食事を出す」など商品面に焦点が当たりがちです。しかし、スーパーやコンビニなどの持ち帰り食品の品質が飛躍的に向上した現代では、商品の差別化に限界があります。そこで、エンタメ的な体験価値の創出が求められることになるのです。
身近な例としては、食べ終わった後の皿を5枚流し「あたり」が出ると景品がもらえるサービス「ビッくらポン!®」を展開する回転寿司チェーン「くら寿司」があります。同社によると、この施策は飲食店として基本となる衛生面・味・価格だけでなく、「記憶に残る楽しさ(エンターテインメント)」も追求することが目的にあるとされています。
また、中小企業や個人店で実現可能な手法として参考になるのが愛知県で魚料理を出す12店舗を展開する寿商店です。同社では、来店動機を高めるために、マグロ解体ショーを実施しています。マグロ解体ショー自体は従来から魚市場などで見かけられた販促手法です。また、この光景はYouTubeでも公開されているので、誰でもいつでも見ることができます。
しかし、重要な点は、さばいたマグロから直接、中落ちをスプーンですくって食べられる体験を提供していることです。また、マグロを前にした参加者向けの記念撮影サービスもあります。動画で多くのことを疑似体験できる時代に、実体験でしか味わえない価値提供が付け加わっています。
これらは「微差」かもしれません。しかし、マグロ解体ショーの例に照らすと、エンタメ性のある体験を提供しているつもりでも、従来のショーのようにマグロ解体シーンの披露に終始している企業が多いのではないでしょうか。むしろ「微差」として実体験でしか味わえないエンタメ要素をひとつ付け加えるか否かが、経営成績に大きな差異を生む可能性があるのです。
ポスト・コロナでは、一見エンタメと関係がないと思われる業種でこそ、エンタメ・マーケティングが競合と差別化し、業績を向上させるきっかけになる可能性が生まれています。そこで、本連載では「エンタメ性のある動画での誘引と、体験価値としてのエンタメ性のあるイベント」を軸にエンタメ・マーケティングをご案内します。
※ 本連載は2か月に1回更新の予定です。
参考文献
(アルファベット順)
文化庁(2024)『令和5年度「国語に関する世論調査」の結果について』
Gerald, J. D. (1982). The effects of music in advertising on choice behavior: A classical conditioning approach, Journal of Marketing, 46(Winter 1982), 94-101.
株式会社寿商店
くら寿司
帝国データバンク『倒産集計 2024年9月報』
プロフィール
榎澤 祐一(えのさわ・ゆういち)
大手レコード会社・エイベックスに新卒入社後、経営管理担当を経て映像ソフトの販促担当に。黎明期の韓国ドラマや、高速道路のようなインフラを題材としたDVDなど、2000年代当時に市場が未成熟だったソフトをエンタメとして消費者に認知してもらうべく販促に従事した。
その後、カードゲーム会社に入社し、音楽事業立ち上げに参画。音楽を通じた各種ゲームやスポーツの裾野拡大に従事。現在、嘉悦大学経営経済学部・准教授。営利・非営利組織に対して、マーケティングでのエンタメ活用や、それを通じた経営改善を助言・提案している。