コロナ禍に伴う財務制限条項への抵触にどう対応すべきか
財務制限条項とは
財務制限条項とは、一般的に、銀行と企業等との間で取り交わされる金銭消費貸借契約に付される特約(コベナンツ)のうち、特に借手企業等の財務情報に依拠したものをいう。
財務制限条項には、以下のようなものがある。
純資産額維持条項(前決算期に対して何%維持 等)
利益維持条項
貸借対照表に関する財務比率に関する条項(有利子負債制限、自己資本比率維持、担保提供制限等)
キャッシュ・フローに関する条項(インタレスト・カバレッジ・レシオ水準 等)
格付維持条項
財務制限条項に抵触した場合、抵触の内容や回数によって、金利の引上げ、期限の利益喪失による一括返済請求といった効果が契約によって定められることが多い。また、財務制限条項に抵触したときは、借手の企業は銀行に対して報告義務を課せられることが多いため、銀行が融資先企業についてモニタリングを行う手段としての機能も有するものである。
財務制限条項と開示
財務制限条項や財務制限条項抵触の情報は、企業の資金調達余力に関する情報であり、一般投資家にとっても重要な情報である。そこで、企業の財務情報開示において、追記情報として財務制限条項の開示が必要とされる場合がある。
例えば、監査・保証実務委員会実務指針第77号「追加情報の注記について」第5項では、「借入金や社債等に付された財務制限条項が財務諸表等に重要な影響を及ぼすと認められる場合など、利害関係人が会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関して適切な判断を行う上で必要と認めた場合には、追加情報として財務諸表等に注記しなければならない。」と記載されている。
また、同実務指針第18項では、四半期財務諸表の追記情報は、年度の財務諸表において開示される事項に比べると通常限定されるものの、「借入金や社債等に付された財務制限条項に抵触している状況」については、四半期でも追加情報として開示されうることが記載されている。
さらに、企業は「貸借対照表日において、単独で又は複合して継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるときは、継続企業の前提に関する事項」を財務諸表に注記することとされている(監査・保証実務委員会報告第74号「継続企業の前提に関する開示について」7.)。
この「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況」として財務制限条項抵触が開示されることも多い。
なお、2022年6月13日に公表された「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」では、「重要な契約の開示」に関する記述の中で「ローンと社債に付される財務上の特約」を取り上げ、「資本市場が、事業のリスク等に応じた資金配分を行い、金利等を通じた価格発見機能を発揮する上で、社債やローンの基本条件、特に財務上の特約が適切に開示されることは極めて重要と考えられる。特に財務上の特約については、その抵触が他の債権者のキャッシュ・フローに影響を与え、経営陣の裁量を制限するとの観点からも開示の重要性が高い。また、抵触前段階から財務上の特約が適切に開示されることで、市場全体としての予測可能性が高まり、企業と投資家の間の円滑なコミュニケーションにも資すると考えられる。」として、「特に重要性が高いと見込まれる財務上の特約について、財務情報を補完する非財務情報(「重要な契約」)として開示されることが適切と考えられる」と方向性を示している。
このように、財務制限条項は、一般投資家の判断において、非常に重要な要素となっている。
コロナ禍と財務制限条項
コロナ禍により、企業の財政状況は著しく悪化しており、一部にはリーマン・ショックの時の影響を超える可能性があるとの指摘も出てきている。コロナ禍の影響は、2020年2月以降徐々に顕在化してきていたが、特に全国に緊急事態宣言が発令された2020年4月8日以降はより深刻なものとなった。
緊急事態宣言以前の会計期間ではあるが、2020年5月15日までに行われた2020年3月期決算発表では、26%の企業で1〜3月期(第4四半期)が赤字になったことがわかった(日本経済新聞2020年5月15日)という。特に、自動車関連や鉄道、旅行業などのセクターへの影響は非常に大きくなっていた。その後、2022年3月期においては、そのすべてが財務制限条項抵触とは限らないが、継続企業の前提に関する注記または継続企業に関する重要事象を開示した会社数は、コロナ前の2019年3月期に比べると58%以上も増える(58社から92社に増加)など、コロナ禍は企業経営に大きなダメージを与えているといえよう(東京商工リサーチ「2022年3月期決算 上場企業「継続企業の前提に関する注記」調査」参照)。
金融庁の要請
すでに述べたように、企業が財務制限条項に抵触した場合、期限の利益を喪失し、借入金の一括返済を求める権利が貸手に発生する場合もある。仮に、今回のコロナ禍による財政状態の悪化により財務制限条項に抵触した企業が一気に借入金の全額返済を求められたとすれば、企業の存続は危うくなる。また、金利の引上げであったとしても、コロナ禍で苦しんでいる企業にとっては、非常に重いダメージを受けることになると考えられる。
こうした中、金融庁は2020年4月7日に「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を踏まえた資金繰り支援について(要請) 」を公表した。その中で、財務制限条項抵触時の取扱いについても、以下のように示されている。
すなわち、金融機関に対して、借手が財務制限条項に抵触しても、直ちに債務償還等を要求することのないよう対応するというだけではなく、財務制限条項の変更、猶予の相談についても迅速かつ真摯に対応することを求めている。
さらに、金融庁は、2021年3月25日にも「飲食・宿泊等をはじめとする事業者への資金繰り支援等について(要請)」の中で、「2期連続での赤字など、貸出等の条件となっている財務制限条項(コベナンツ)に事業者が抵触している場合であっても、これを機械的・形式的に取り扱うことなく、経営実態をきめ細かく把握し、直ちに債務償還等を要求することのないよう対応するとともに、コベナンツの変更・猶予に関する事業者からの相談に迅速かつ真摯に対応すること。特に、シンジケートローンにおいては、関係金融機関が協力して一体的に対応すること」と同旨の要請を行っており、コロナの影響が資金繰りを不当に圧迫しないよう意識しているといえるだろう。
したがって、コロナ禍により、財務制限条項に抵触したとしても、借入れを行っている銀行等に相談することで、財務制限条項抵触に伴う不利益を回避できる可能性は高い状況にあるといえるであろう。
情報開示
このように、財務制限条項に抵触しても、直ちに借入資金の引上げ等がなされないような対応が監督官庁より要請されているとはいえ、前述のとおり、財務制限条項は、重要なものであれば追加情報として開示されることになる。
このため、財務制限条項抵触の状況にある企業の場合は、まず企業業績の回復に努めることは言うまでもないが、コロナ禍が当面継続することが見込まれる中で財務制限条項の見直しも進めていく必要が出てくると思われる。先の、金融庁の要請でも、「コベナンツの変更・猶予に関する事業者からの相談には迅速かつ真摯に対応すること」「特に、シンジケートローンにおいては、関係金融機関が協力して一体的に対応すること」との要請がなされていることから、コロナ禍を原因とする財務制限条項見直し交渉は、一定程度進めやすい状況といえるであろう。
もちろん、財務制限条項を開示している企業が条項の見直しに成功した場合は、当該条項の変更が開示されることになるであろう。
この点、海外の事例ではあるが、ニューヨーク証券取引所(NYSE)上場企業であるPark Hotels & Resorts Inc.が、2020年5月8日にリボルビング・クレジット・ファシリティ等について、早期返済なしの四半期の財務数値を対象とした財務制限条項の改定に成功したことを公表しているが(https://www.pkhotelsandresorts.com/investors/news-and-events/press-releases/2020/05-08-2020-111800179)、一方で将来情報に関するディスクレーマーの中で、コロナ禍の影響が最も重要な要素の1つであるとして注意喚起している。
このように、財務諸表への注記(追加情報)や適時開示情報において、財務制限条項について開示を行うことで株主や一般投資家に対して適切な判断材料を提供していくことが、企業には求められると思われる。なお、財務制限条項に抵触したことと同時に当該抵触を理由とする期限の利益喪失請求を行わないことについてすべての当該金融機関より承諾を得ている旨開示しているなどの開示例も見られた。
具体的な記載は、下記のような内容であることが多かった。
おわりに
コロナ禍の影響で企業の業績は大きなインパクトを受けている。この状況下で、財務制限条項に抵触した企業も増えていると推測される。しかしながら、金融庁からの要請が出ていることから、適切に融資先の銀行等と交渉すれば、一括返済を求められて企業存続を断念せざるを得ないという事態は回避できる可能性が高いと思われる。
もっとも、コロナ禍にあっては、財務制限条項抵触によるペナルティーを回避できたとしても、新規融資がなければ企業活動の継続が難しくなるケースもありうる。コロナ禍における企業の資金調達については、金融庁等の当局から各種要請が発令されており、財務制限条項抵触企業においては、抵触によるペナルティー回避と同時に、新規融資についても戦略的に進めていく必要があるであろう。
また、上場企業等においては、財務制限条項に関する情報開示を適切に行い、投資家へのタイムリーな情報提供を進めていく必要があると思われる。
筆者略歴
中野 竹司(なかの・たけし)
弁護士・公認会計士。