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世界で注目される最新の研究結果を紹介!管理会計の「エビデンス」の活かし方

2020年に始まった新型コロナウイルス流行、ここ数年続く異常気象・自然災害の発生、ロシアのウクライナ侵攻に伴う物流網等への打撃やコスト高など、わが国の企業経営においては対処すべきリスクが数多く存在します。
不確実性が高まる現代の企業経営においては、これまで世界の管理会計の研究者が蓄積してきた「エビデンス」が活かせるのではないでしょうか。
管理会計の「エビデンス」について、『実務に活かす 管理会計のエビデンス』の編著者の1人・新井康平准教授(大阪公立大学)に聞きました。

1.日本企業の管理会計の特徴は?

編集部:簡単に自己紹介をお願いします。

新井准教授:主に工場を対象とした管理会計が専門です。工場や生産管理部門の管理会計研究をベースとして、2020年には「リーン生産」に着目した『進化する生産管理会計』という研究書にまとめて出版しています。

編集部:工場の管理会計に興味を持ったきっかけはありましたか?

新井准教授:もともとは管理会計全般に興味があり、神戸大学の大学院に進学しました。その大学院時代に加登 豊先生(編集部注:現在は同志社大学大学院教授)の研究室に在籍していて、そのときに加登先生と「日本企業では、誰が管理会計をしているのだろう?」という問題意識を持った研究をしました。ここで日本的管理会計の1つの特徴として、「日本企業には、管理会計をやっている明確な部署はない」という研究結果が得られたのです。つまり、管理会計は財務部や経理部で行われていたり、工場や生産管理部門でも行われていたり、経営企画で予算を組んでいる部署などでも行われていて、組織のなかに散らばっているということがわかりました。その散らばった管理会計の現場のなかで、特に工場や生産管理部門でどう管理会計を活用しているかに興味が湧いて、今でも研究を続けています。

2.経営に「効果がある」管理会計研究が発展

編集部:それでは本題に入っていきます。本記事のタイトルにもある、世界の管理会計研究の流れやトレンドを教えてください。

新井准教授:「実は管理会計研究が実務に役立っていないのでは?」、「そもそも管理会計は実務で役に立っていないのでは?」という問題提起が、およそ35年前にされました。専門家の間では「レレバンスロスト」と言われています。そこから、「まずは優れた実務を知ろう」という流れが生まれ、原価企画やアメーバ経営など、企業の実例を扱った「ケース研究」が1990年代から盛んに行われました。「役に立つ」管理会計の仕組みを探す研究が始まったのですね。しかし問題もありました。他社がうまくいったケースを参考にして自社に取り入れても、合わないケースも生まれてきたわけです。そこで、2000年代から、特に2010年以降は、「効果がある」管理会計の仕組みを検証していくことが主流になってきました。

編集部:「効果がある」についてもう少し教えてください。

新井准教授:医学の中でも「疫学」と呼ばれる分野でたとえるとわかりやすいです。たとえば、治療に役立つと思って処方した薬が、実は副作用のほうが大きくて逆効果になる場合があります。肺がん検診では、X線を当てるとがんの存在はわかるけれど、X線を当てることによってむしろがんが増えるリスクの方が大きく、結果として死亡率が増えてしまったというケースを聞いたことがあります。疫学は、このような、「効果がある」「効果がない」といった「エビデンス」を蓄積してきた伝統的な分野と言えます。

3.管理会計担当者に必須なのは、専門知識ではなく「ヒューマンスキル」

編集部:最近の管理会計研究でのエビデンスの捉え方はどうでしょうか? また、実務にインパクトを与えたエビデンスはありますか?

新井准教授:管理会計分野でも、いわゆる海外のトップジャーナル(編集部注:最新の研究を発表するための論文集)では、特に「効果がある」「効果がない」というエビデンスに着目した研究が多くなってきている印象です。「役に立つ」と思われていた管理会計の仕組みが、実は効果がなかったということもあります。ネガティブなインパクトを与えた例でいうと、たとえばABC(Activity Based Costing:活動基準原価計算)はそこまで役に立たななかったというエビデンスが示されています。たしかに、一斉に導入した銀行でも、近年はABCをやめようかみたいな話も耳にすることもありますね。

編集部:経営するうえでは重要なエビデンスですね。ぜひ、ポジティブなエビデンスも教えてください。

新井准教授:ポジティブなインパクトを与えたエビデンスだと、「管理会計の担当者に必要なスキル」が明らかになりました。専門的な知識や、簿記に通じているといったことよりも、人間関係をうまく作ることのできる「ヒューマンスキル」が高い人が、管理会計担当者としての能力が高いというエビデンスです。たとえば、製造原価明細書のような資料を作成したとして、それを机の上にポンと置いておいても仕方ありません。それをどう説明して現場に伝えるか、そして社内でどう活かしてもらうかが管理会計担当者にとって大事ということですね。
このあたりのエビデンスの詳細は、私が編著者・執筆者の1人として企画・出版した新刊実務に活かす 管理会計のエビデンス』(中央経済社刊)で新進気鋭の若手研究者達によって解説されています。例えばABCについて、東京理科大学の岩澤佳太先生によって「原価計算」のエビデンスの一貫として解説がなされています。また,管理会計担当者についてのスキルの詳細は、北九州市立大学の市原勇一先生によって、「管理会計担当者」のエビデンスとして丁寧な解説がなされています。

4.さまざまな管理会計のエビデンスが1冊に

編集部:新刊実務に活かす 管理会計のエビデンス』(中央経済社刊)はどういった内容ですか?

新井准教授:一言でまとめると、管理会計にまつわるさまざまなエビデンスを、多くの研究者の協力を得てわかりやすく紹介した本です。大きく4つのパートで構成されています。1つめのパートでは、原価計算や予算管理、経営計画などのシステムに関するエビデンスを紹介しています。2つめのパートは、近年、管理会計を分析するうえで重要だと認識されてきた考え方、たとえば「脱予算」や「混雑コスト」などを紹介しています。続くパート3では、これまで管理会計が取り入れられにくかった、学校や病院、行政などに関するエビデンスを紹介しています。最後のパート4では、研究と実務とを実際にどうつなぐか、エビデンスを実務にどう活かすかを解説しています。

5.目から鱗のエビデンスは2割。8割のエビデンスで今の実務に自信が持てる。

編集部:この本を読めば、すぐに次の日からエビデンスに裏付けされた新しいシステムを取り入れたり、管理会計手法に挑戦したりできるということでしょうか?

新井准教授:いえ、個人的にはそうではないと思います。この本で紹介しているエビデンスの8割は、実務家の人にとって「当たり前だよね」、「やっぱりそうだよね」ということのほうが多いです。これまでの実務経験や仕事のやり方で、なんとなく「効果がある」と感じていたようなことを補強するようなエビデンスです。でも、残り2割のエビデンスは「えっ、そうなの?」という発見があると思います。それは組織や人、経験などによってその感じ方はさまざまでしょうが、「自分の考えや経験と違う」エビデンスを見つけて、実務に活かしてもらえると嬉しいですね。

6.エビデンスは「失敗しない経営」にこそ活かせる

編集部:「この管理会計システムを導入すればうまくいく!」という単純なものではないのですね…。

新井准教授:そうですね、この本を手に取ろうとされる方は、おそらく目の前の管理会計に不満があったり、仕事のやり方に漠然とした危機感を覚えているといった方が多いのではないかと思います。そういった方に伝えたいのは、完璧な管理会計の遂行と会社が成功することとはイコールではないということです。個人的には、管理会計の役割は、会社が「失敗をしない」ための仕組みづくりだと思っています。守りを固めるということですね。非常にうまくいっているように見える会社でも、ちょっとしたきっかけで躓くことはありますよね。そうしたときに、エビデンスの考え方が使えるのではないかと思います。

7.読者によって、色々な読み方・使い方ができる

編集部:この本は、どういった人に読んでもらいたいですか? また、おすすめの読み方があれば教えてください。

新井准教授:ある程度の実務経験を積んで、経営層にアプローチできるようになった方にはおすすめです。一歩引いて現場を見られるようになった人ですね。経理、経営企画、工場経理に携わる、30代、40代のいわゆるミドルマネージャーには、この本をより活かせる読み方ができるのではないかと思います。また、読み方でいうと、必ずしも頭から読んでいく必要はありません。本書は34のテーマについて、各分野で最新のエビデンスを最もキャッチアップしている研究者が個別に解説しています。そのため、テーマごとに完結しているので、まずは興味のあるところ自分の仕事に関係しそうなテーマから読み進めるとよいのではないでしょうか。

編集部:大学のゼミなどでも活かせる機会はありそうですね。

新井准教授:それは同感です。基礎的な管理会計のテキストは数多く出版されているのですが、応用の管理会計は簿記1級受験向けや公認会計士試験の受験対策として書かれています。学部生が卒業論文を書こうとしたときに、学術的に解説された管理会計の応用テキストが少ないため、空白になっているのが現状です。基礎的なテキストで管理会計を「学習」したあとに、この本を通じて管理会計を「研究」することに触れてもらえると嬉しいですね。

8.実務家にこそ、研究に加わって欲しい

編集部:最後に、実務家に向けてメッセージがあるそうですね。お願いします。

新井准教授:実は、管理会計の研究者は不足しています。大学院を出て学位(編集部注:ここでは博士号の意味)をとらなくても大学教員として就職できるくらい足りていません。それは、学部生が「管理会計」や「原価計算」の研究者になりたいと言っても、なかなか周囲に理解されにくいことが原因かもしれません。学部時代、親に「数学を極めたい」とか「物理学者になる」から大学院に進学させてほしいとお願いするのと違って、「原価を計算して一生飯を食う!」から進学させてほしいというのは、なかなか理解してもらいにくいです。僕もそうでした(笑)。そのため、今では実務家から研究者・大学の教員になるというケースが増えています。一度、現場で実務を経験していることは大きいので、そういった方にこそ、修士課程や博士課程に来ていただいて、将来、一緒に研究をしていければと考えています。

編集部:本日はありがとうございました!

担当編集者よりコメント

この本の企画の元となったのは、月刊『企業会計』2021年6月号の特集「管理会計10のエビデンス」です。この特集が大好評を博したため、さらにテーマを広げて4部構成にパワーアップさせたのが本書です。

簡単に4つのパートを紹介します。
1つめのパートでは、原価計算や予算管理,経営計画などのシステムに関するエビデンスを紹介しています。
2つめのパートは、近年、管理会計を分析するうえで重要だと認識されてきた考え方,たとえば「脱予算」や「混雑コスト」などを紹介しています。
続くパート3では、これまで管理会計が取り入れられにくかった、学校や病院、行政などに関するエビデンスを紹介しています。
最後のパート4では、研究と実務とを実際にどうつなぐか、エビデンスを実務にどう活かすかを解説しています。
世界の最新の管理会計研究で明らかになった「エビデンス」が1冊につまっています。
各テーマは「アメーバ経営」や「予算スラック」などのテーマごとに1話完結でまとまっているので、ぜひ手に取っていただいて気になるテーマから読んでいただけると嬉しいです。