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【東京エレクトロン】 キャリアバンドと職責レベルのマトリックスによりキャリアパスを提示―約100種類におよぶ詳細なジョブファミリーでキャリアパスの具体性・効果性を飛躍的に向上―

ジョブ型人事を導入する先進企業の賃金の考え方や人材開発がわかるケース
・日立製作所
・東京エレクトロン
・テルモ
・三菱マテリアル
・三菱ケミカル

執筆:須田敏子(青山学院大学ビジネススクール教授)

(注) 本記事は,中央経済社発行の書籍『ジョブ型・マーケット型人事と賃金決定』(須田敏子著)に収録されているケースをnoteの有料記事として販売するものです。

ジョブ型・マーケット型人事と賃金決定―人的資本経営・賃上げ・リスキリングを実現するマネジメント

1. 経営統合交渉のプロセスで触れた米国・多国籍企業の人事の実態 

東京エレクトロンは1963年に東京放送の出資によって設立した。当初は,技術専門商社としてスタートした同社は,60年後の現在,半導体製造装置の世界のリーディングサプライヤーに成長し,海外売上比率も80%を超えている。そんな東京エレクトロンは,人事分野でも日本の先駆け的な取組みを行っており,2017年に等級・報酬制度を,2018年に評価制度,退職金制度,定年後再雇用制度など人事制度を改定した。人事制度改定は,同社の「Global HR プロジェクト」の一環であり,人事制度以外にも2016年にスタートしたエンゲージメントサーベイ,所得補償保険の導入,統合HRソフトウエア「Workday」の導入・運用開始などさまざまな人事関連プロジェクトが実施されている。本稿では,等級・報酬制度と評価制度の改定,教育・研修面の取組みに焦点をあてて目的と内容などを紹介する。
等級・報酬制度と評価制度改定の大きな要因となったのは,2013年にスタートした世界最大の半導体製造装置メーカーであるアプライド・マテリアルズ(以下,アプライド社)と,半導体製造装置メーカー世界第3位(当時)の東京エレクトロンとの経営統合であった。結局,経営統合については,2015年4月に解消となったが,経営統合交渉のプロセスで触れた米国・多国籍企業の人事の実態は,東京エレクトロンの人事に大きな影響を与えたのであった。
当時,人事分野の経営統合交渉に関わった専務取締役・Global Business Platform本部長の長久保達也氏は「アプライド社は人事の仕組みを懇切丁寧に説明してくれました。日本との違いに驚きましたが,彼らの仕組みを理解していくうちに,これは競争力の源泉ではないかと感じるようになりました。会社の資産は,結局は人です。1人ひとりがどういう意識,行動で日々取り組んでいくか,エンゲージメントが実現できているか,それで競争が決まる。これまでの日本企業はどちらかというと現場の頑張りに頼っている面がありましたが,それではグローバルな競争に打ち勝つことはできない。これは変えなくてはいけないと感じました」と,経営統合交渉のプロセスで知った米国企業の人事に対する取組みが,同社に影響を与えたことを語る。HR統合アプリケーション「Workday」の導入に携わった人事部長代理の竹内かおり氏は「アプライド社の進んだHRIS(Human Resource Information System)に刺激を受けた」と,長久保氏は「まさに黒船の中に入った感覚」と当時の体験を表現する。
以上のように,アプライド社との経営統合交渉が人事変革の必要性を痛感するきっかけとなった。だが,もちろん東京エレクトロンの人事改革にはこれ以外にも,さまざまな理由がある。海外売上比率が8割を超える同社にとって,競合他社はほとんどが外国企業であり,半導体のメジャープレイヤーである東京エレクトロンにとって,競争市場はまさにグローバル市場である。そういった環境下で持続的成長を実現するためには,競争力の源泉である社員のエンゲージメントや育成が重要である。そのためには,明確なキャリアルートの提示に基づくキャリア開発,評価・処遇に対する透明性・公平性の確立,グローバルレベルでの報酬に対する外部公平性(競争力)の確立などが必要となる。同時に,グローバルで競争力を高めるためには,グローバル・グループレベルで一貫したレポートラインや人事施策の構築などグローバル共通の人材マネジメント体制を構築することが重要である。以前は,各リージョンで独自に設定していた人事施策をグローバルで共通化していくことも,同社にとって人事改革の大きな目的であり,「Global HR プロジェクト」に取り組んだ理由である。 

2. キャリアパスに直結した職責ベースの社員等級(Global TEL Career-paths)を導入

2‒1 社員等級改定の目的

従来の社員等級では,基本的に能力を基準に等級制度ができていた。ライン管理職相当(Sクラス以上)に関しては,各ポジションに対して役割グレードが当てはめられていた。だが,旧等級制度では,昇格に過去の評価ポイントの累積や滞留年数を重視する運用がなされているなど,年功的な色彩が拭えなかった。これでは,公平・公正な処遇の実現や社員のエンゲージメント,優秀人材の採用や抜擢に適していないとして,以前から課題として認識されていた。
さらに,役割グレードが適用されるライン管理職・高度専門職相当等級では,高度専門職のキャリアパスや処遇が明確化しにくかった。その結果,自分自身の専門分野を追求しようとした場合,キャリアの方向性を具体的に描くことが難しかった。同時に,世界各国のグループ企業が異なる社員等級構造をもっていたため,グローバル規模のグループ企業全体の中で,自身はどのような位置づけの人材なのか,あるいはどの程度の人的要件のレベルの人材なのかが,わかりにくい状況であり,海外売上比率の高いグローバル企業としては,こちらも大きな課題であった。
そういった課題解決を目指して,社員等級の基準が従来の能力基準と役割基準が混在した等級制度から,職責ベースの職務基準に改定され,職責をベースにグローバル共通の社員等級体系GTC(Global TEL Career‒paths)ができあがった(図表1参照)。

出所:労政時報 第3956号/18.8.10/8.24

2‒2 ジョブファミリーとキャリアバンドで具体的なキャリアパスを提示

新たに導入されたGTCの特色として,まず紹介するのがグローバル共通の約100種類のジョブファミリーの設定である。細かくジョブファミリーを特定して,各ジョブファミリーに対して,職務内容と,職務が要求する知識・スキル・経験などの人的要件を明確化し,ジョブファミリーごとに各等級レベルが求める職務と人的要件のレベルを具体的に提示しているのが,東京エレクトロンが導入したGTCだ。ジョブファミリーの設定が細かければ細かいほどキャリアパスが具体的に提示できるため,キャリア開発などに効果的である。これは欧米などジョブ型・マーケット型人事が浸透した国で普及した方法であり,書籍第2章の「ハイテク産業サラリーサーベイ」で紹介した「セールスジョブファミリーのキャリアマップ」(書籍第2章図表2-16)などがこれにあたる。

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