【インタビュー】企業の目標達成に向けて、人が動く「しくみ」と「しかけ」を考える|話者:森 浩気先生(千葉商科大学商経学部 准教授)|会計研究のフォアフロント
企業の将来を「経営分析」で見る
経営分析を担当しています。経営分析とは、企業が開示した財務諸表から、過去・現在の状況を読み取って、将来どうなるかを分析する授業です。会計数値から分析するのが一般的ですが、私の授業では経営の中身も分析することを目指しています。
企業が何をやろうとしているのかを具体的に見ていきたいと考えています。たとえば上場企業が決算の重要な部分をいち早くまとめて公表する「決算短信」では、会計数値のほかに事業の内容や経営方針が文章で示されています。また、企業によっては3年後や5年後にどうなっていたいかを示す「中期経営計画」を公表しています。これらを会計数値と組み合わせて、企業はどの方向を目指しているのか、この計画は現実味があるのか等を分析しています。
人が動く「しくみ」と「しかけ」
管理会計の研究をしています。そのなかでも、マネジメント・コントロールといわれる領域を中心に研究をしています。マネジメント・コントロールとは、会計中心の数値情報を用いて企業が目標を達成できるような「しくみ」や「しかけ」を作って実行することです。
個人的には「しかけ」の部分が大切なように感じています。というのは、企業などの組織では、目標の達成のために「人」が動かざるを得ません。人が目標達成をしたくなるような「しかけ」をどう作るかについて研究しています。
まず、管理会計の面白さに気づいたのは学部の卒論でした。もともとは「どういう組織がうまく回るのか」に興味があり、「フラット型組織」に関連した文献を用いて執筆を進めていました。調べていくうちに自然と管理会計の論文や本にたどりついたのです。そこで、本当に興味があるのは管理会計だということに気づきました。
大学院に進学した際には、論文を書く行為がクリエイティブで、新しいものを生み出している感覚が面白かったです。絵を描いたり作曲したりといった、アートに通じるようなものを感じてのめりこみました。
決してそんなことはなくて、学部の1、2年生までは学びのモチベーションがかなり低い学生でした。3年で吉田ゼミ(編集部注:慶應義塾大学・商学部の吉田栄介ゼミ)に入ってアクティブラーニング経験できたのが転機でした。調べて・発表して・議論してというゼミが自分に合っていて、どんどん勉強が面白くなっていったのです。
さらに吉田ゼミ出身ですでに研究者になった先輩もよくゼミに顔を出してくれていて、ご自身の研究を面白く紹介してくれたのも、研究者に魅力を感じた1つです。そんなゼミ活動のなかで吉田先生にかけていただいた「研究者に向いてるんじゃない?」という一言に、人生を変えてもらったといってもおおげさではありません。そのときに研究者つまり大学の先生は、学生の人生を左右する存在であることに気づきました。まだまだ恐れ多いですが、ゆくゆくは自分もそうなりたいと思っています。
人と同じように、企業にもライフサイクルがある
組織ライフサイクルと管理会計の関係を研究してきました。
人間にも青年期や壮年期、老年期といったライフステージがあるように、企業つまり組織にも成長段階に応じてライフステージがあります。組織における一連のライフステージを組織ライフサイクルといいます。組織ライフサイクルは、一般的に誕生期、成長期、再生期、成熟期、衰退期のように分けられることが多いです。
各ステージに合った管理会計やマネジメント・コントロールがあるのではないか、ステージごとのインタラクティブ・コントロールに違いがあるのかなどを研究してきました。
従来、伝統的な管理会計は診断型のコントロール(経営管理の方法)だと言われてきました。診断型を単純に言い換えるとトップダウンで目標を与えて、その目標を達成するために人を導くやり方です。それに加えて、ハーバード大学の教授だったロバート・サイモンズが1995年にLevers of Controlという書籍のなかで提唱した概念が、インタラクティブ・コントロールです。これは目標達成に向けて計画を実行するなかで、現場からボトムアップされる情報を活用して、双方向なやりとりを通じて必要に応じて計画や戦略を見直すコントロールです。
「機会」をうまくとらえられる企業は、より成長できる
研究結果についてお話しする前に、もう少しインタラクティブ・コントロールについて説明しましょう。インタラクティブ・コントロールでは、計画が上振れしそうな「機会」と、うまくいかなくなりそうな「脅威」という2つの不確実性を認知して計画の修正に反映していきます。不確実性というと、事業にとってマイナスな影響をもたらす「脅威」に目がいきがちですが、インタラクティブ・コントロールにおける不確実性には、業績を向上させる可能性のある「機会」も含まれます。
私の研究では、組織ライフサイクルの後期、つまりある程度規模が大きくなった企業でインタラクティブ・コントロールがどう活用されているかを調べ、興味深い結果が得られました。この研究では、3つの組織ライフサイクルステージにある企業を分析しています。1つめは、なお成長している「再生期」の企業、2つめは業績が落ちている「衰退期」の企業、3つめは業績が安定している(横ばいの)「成熟期」の企業です。
2つの点で興味深い結果が得られました。
まずは、再生期と衰退期の企業ではインタラクティブ・コントロールを積極的に活用している一方、成熟期の企業ではインタラクティブ・コントロールの利用度は低い結果となった点です。成熟期の企業は業績が安定している分「脅威」を感じておらず、さらには「機会」もうまくとらえられていないということが言えるかと思います。
また、もう1つ興味深いのが、インタラクティブ・コントロールを積極的に活用していた再生期の企業と衰退期の企業では、その活用方法が異なっていた点です。
企業規模が大きくなってなお成長している再生期の企業では、事業の「機会」を認知してうまくとらえ、その機会をものにするような行動をとっていることがわかりました。他方で業績が下降している衰退期の企業では、「脅威」をより認知していて、その対策を行う過程でインタラクティブ・コントロールを活用していることがわかりました。再生期と衰退期では、同じインタラクティブ・コントロールでも使い方が異なる、という研究結果が得られたのです。
神経科学を活用した会計研究にも取り組む
冒頭でもお伝えしたとおり、どう「しかけ」を作るとポジティブに人が動くかを明らかにしていきたいです。会計研究は数字を使った学問ですが、その裏側には人がいます。意思決定をするのも、現場で動くのも人ですので。
現在進めているのは、神経科学を活用した研究です。有名なのは目の動きを追跡するアイトラッキングという手法です。どの会計情報を、どれくらい長く見て意思決定するのかといった研究や、管理会計のしくみに対して、働く人が抱いた感情を明らかにする研究がされはじめました。短期間で結果を求めようとせず、5年、10年というスパンで研究していきたいです。もし研究者の方でこの記事を見ている方がいれば、ぜひ一緒に研究したいのでご連絡ください!
(了)
話者略歴
森 浩気(もり・こうき)
千葉商科大学商経学部・准教授
慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程を経て、2018年千葉商科大学商経学部助教、2019年専任講師、2022年より現職。
主な著作に、『日本的管理会計の変容』、『実務に活かす管理会計のエビデンス』、『花王の経理パーソンになる』(いずれも共著、中央経済社刊)、「日本企業におけるEVAの機能と課題:旭硝子株式会社のケースを中心に」『原価計算研究』(第41巻第2号)、「組織ライフサイクル後期の企業におけるインタラクティブ・コントロールの役割」『管理会計学』(第25巻第1号)など多数。
※所属は記事公開時点のものです。
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