【インタビュー】会計数値の裏側にある「人間っぽさ」を明らかにする|話者:塚原 慎先生(駒澤大学経営学部 准教授)|会計研究のフォアフロント
数字で定量化すると、より伝わりやすくなることがある
簿記のような基礎科目のほか、財務諸表分析を中心とした企業価値評価、ゼミを担当しています。ゼミでは実際の企業のデータをもとに財務比率を分析したり、夏には他大学とインゼミを行っているので、その報告会に向けた指導をしたりしています。
授業では、数字で定量化することのわかりやすさを伝えるように心がけています。たとえば、メジャーリーグの大谷選手のすごさは、誰もが知っていることではありますが、二刀流であることに加えて、2021年シーズンにはホームランを46本も打ちました。「46」という数字を使って可視化すると、他の選手と比較することが容易となり、どれだけすごい選手であるかがより伝わりやすくなります。このとき、学生から「日本のプロ野球とメジャーリーグでは試合数や環境が違うから、一概に比較できないのでは?」という、鋭い質問が寄せられることがあります。「それはモノサシの違いだね。会計で言うと制度の違いだよ」ということを説明して、会計に興味が湧くよう促しています。
答えが1つではないものを突き詰める
「好奇心が旺盛」という自分の気質が大きく影響していると思います。高校時代までは野球ばかりしていました。そのため、大学入学後には抑えていた好奇心がはじけ、アルバイトや語学留学、資格取得の勉強など、さまざまなことに手を出しました(もちろん、大学の授業ありき…だったはずですが笑)。ある程度、その好奇心を満たした後で、大学時代になにか1つ誇れることを深く追求したい、専門性を身につけたいという思いが強くなっていることに気づきました。ちょうど公認会計士試験の勉強もしていて、簿記や会計が嫌いではないことはわかっていました。会計学に関する学びをより深めていきたいという気持ちが日々強くなって行く中で、大学院に進むという選択肢に魅力を感じるようになり、新しい環境として、偉大な会計研究者が多く輩出されている一橋大学大学院にて、佐々木隆志先生の下で財務会計に関する研究を行いたいと考えるようになりました。
母方の親戚には教育関係者が多かった影響で、「教育者」に対する憧れやイメージはもともと持っていました。でも、「研究者」に対する具体的なイメージはなかなか実感として持っておらず、自分の能力・知識への自信が全くあるわけでもなく、単純に好奇心に突き動かされているような状況でした。そんな中で、本格的に研究者になりたいと思うようになったのは、大学院ゼミの先輩の影響が大きかったです。大学院のゼミには、OBの先生方がお越しくださる機会が多く、西山一弘先生(現・帝京大学准教授)、西舘司先生(現・愛知学院大学教授)、吉田智也先生(現・中央大学教授)、中村亮介先生(現・筑波大学大学院准教授)、松下真也先生(現・京都産業大学教授)や、金子善行先生(現・帝京大学准教授)らのお話を伺ううちに、徐々にではありますが、研究者のイメージが自分なりにつかめるようになりました。なによりも、答えが1つでないものに対し、自分なりの納得感を得られるまで突き詰めて考え続けるという研究の世界が、自分にとってとても面白く、自分の能力不足はひとまず度外視しても、一生研究の世界に携わっていきたいという思いが強くなり、博士後期課程、そしてその先の研究者の道に進みたいと思うに至りました。
負債 or 資本? 議論が分かれるのが面白い
大学院生時代からハイブリッド金融商品に関する研究をしています。ハイブリッド金融商品とは、負債と資本の両方の性質を持つ金融商品です。たとえば、普通株式と比べて、配当を優先的に受けたり、会社をたたんだときに残った財産の分配を優先的に受けたりすることができる優先株式があります。これは、株式としての体裁を持ちながら実態は負債に近いものではないかと言われています。また、一定の条件で株式に転換することができる転換社債(編集部注:正式名称は「転換社債型新株予約権付社債」。英語表記のConvertible Bondを略して「CB」と表記されることが多い)は、負債として発行されていますが、実質的には株式だと言われています。ハイブリッド金融商品には、負債なのか資本なのか、議論が分かれるものが少なくありません。これらについて、株式市場や債券市場に参加する利害関係者はどう捉えているのか、どう解釈しているのか、また、これらの金融商品を企業が用いる動機・ねらいは何であるのかについて、データをもとに明らかにする研究をしてきました。
10年ほど前からROE経営が注目され始めました。ROEとは、Return on Equityの略で、企業は株主が出資した資本を利用してどれだけ効率的に利益を上げているかを示す指標です(編集部注:ROE(%)=当期純利益÷資本(自己資本)×100)。2014年に公表された「伊藤レポート」ではROEの目標水準を8%とすることが掲げられ、大きな関心を集めることとなり、実務上、経営がうまくいっているかどうかを判断する実務上のベンチマークとしては、ROE5%が達成できているか否かが目安にされることが多いようです。
ROEに注目が集まったため、経営者はこの指標を改善させようとしました。一部の企業では、リキャップCBという手法を用いました。これは、転換社債型新株予約権付社債(CB)の発行で得た資金を用いて自社株買いを行う財務手法です。負債としてCBを発行して自社株買いを行うので、資本(自己資本)が減少します。単純化のため、仮に利益が一定だと仮定すると、ROEの比率はよくなります。
そうなると、リキャップCBは投資家に歓迎されるように見えますよね。しかし、実際にはリキャップCBを実施することが、企業の収益性の上昇をもたらすものとして、ただちに投資家に歓迎されている(株価の上昇をもたらしている)わけではありません。つまり、株式市場には、会社の実態が変わってない(企業が生み出す収益性そのものは変わっていない)ことを見抜かれていることと整合的な結果が得られているのです。
経営者は経済合理的な意思決定をするとは限らない
会計数値の裏側に「人間っぽさ」が垣間見れる研究ができたときには、面白いと感じます。たとえば、先ほどの研究の続きでいうと、株式市場には会社の実態が変わっていないことはバレているのに、なぜリキャップCBを用いてROE5%を達成しようとする企業があるのか、不思議に思いませんか?
実はそこに経営者の人間っぽさを感じることができます。われわれの研究では、リキャップCBを活用するのは「このまま営業を続けても、今期のROEはギリギリ5%に達しない」と見込まれる企業に多いことを、明らかにすることができました。なぜそうした企業に多いかというと、見かけ上の改善では企業価値の実体的な向上を見込めることはないものの、経営者個人の効用は上がるからだと考えています。つまり、「経営者の得」になるからというわけですね。例を挙げると、形式的な基準を満たすことで契約上の要件を満たせるのであれば、株主総会でモノ言う株主からROEの低さを指摘されにくくなくなったり、経営者の報酬を上げる(解任可能性を下げる)材料に使ったりできるといったことです。
経営者の個人的な効用最大化を考えると、「株主価値最大化」に必ずしも向かわない局面があること、そしてそのような行動を説明するための論理や、その証拠を引き続き探求していきたいと考えております。また、経営者がときに「経済的に合理的」とならない可能性について、今後検討していきたいとも考えております。具体的には、「経営者の自信過剰」というコンセプトがあります。自信過剰な経営者は、一般的な経営者に比べて、自身の能力や、起こりうる結果に対して「強気」であるため、より積極的な意思決定を行う傾向にあります。まさしく人間っぽさだと思うのですが、「経済合理的な意思決定をする」という枠を取り外したときにどういった結果が得られるのか、研究していきたいと考えています。
直感的にもっともらしいことのウラを取りたいと考えています。たとえば日本においては、包括利益よりも当期純利益を重視していると言われてきましたよね。本当のところはどうなのだろうと思い、段階別利益で何を最も重要視しているかを、日本企業の経営者にアンケートしました。その結果、最重視されていたのは営業利益でした。その後に、売上高、当期純利益、経常利益、売上総利益、包括利益と続きます。包括利益はそれほど重視されていないだろうという感覚のウラが取れたことになります。このアンケートは、新しく作られた収益認識基準が適用される前に行ったものですので、適用後の意識が変わったかどうかも、今後、調査したいと考えています。
(了)
話者略歴
塚原 慎(つかはら・まこと)
駒澤大学経営学部准教授、博士(商学) 一橋大学。
専門は財務会計。横浜国立大学経営学部卒。一橋大学大学院商学研究科修了後、帝京大学経済学部助教、専任講師を経て2022年4月駒澤大学経営学部専任講師。2023年4月より現職。
主要業績に、「リキャップCBの経済的動機」『経営財務研究』近刊(寺嶋康二・積惟美との共著、2023年5月採択)、「優先株式を用いた債務の株式化実施企業の財務的特徴」『経済科学』第70巻第3号(2023年3月)、「新収益認識基準が企業に与える影響 : 上場企業へのアンケート調査の結果に基づいて」『企業会計』第72巻第4号(小澤康裕、中村亮介との共著、2020年4月)など。
※所属は記事公開時点のものです。
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