【インタビュー】テクノロジーと会計情報を使って、企業や人の行動を科学する|話者:廣瀬喜貴先生(大阪公立大学商学部 准教授)|会計研究のフォアフロント
専門領域は行動会計論とテクノロジー
実験研究の手法を使った実験会計論や行動会計論、テクノロジーを使った会計情報システムといった領域で研究に取り組んでいます。社会科学でいう実験研究は、A、B、C…と複数の選択肢があった場合に、ほかの条件をそろえて多くの方にゲームに取り組んでもらい、意思決定がどう変わるのか、それぞれに因果関係はあるのかを明らかにする研究方法です。たとえば、監査論での実験研究であれば、監査の際にどのくらいの工数をかけるか、監査要点をどう評価するかなどをA、B、C…と設定して、どのような意思決定がされるかを明らかにするというケースが多くみられます。
大学では、1年生向けの会計基礎論や、専門科目として公会計論の授業を担当しています。
もともとは実務での会計プロフェッショナルを目指していた
学部から大学院に進学するときは、研究者になろうとはまったく考えていませんでした。進学の目的は、より知識を深めて実務で活躍したいと思ったからです。公認会計士や税理士などの資格を取得したり、会計検査院で働くといった「会計のプロフェッショナル」になりたいというギラギラした野望があったのです(笑)。そのため、会計専門職大学院に進学しました。
一方で、学問的な会計学の楽しさは、学部時代に在籍していた同志社大学時代から感じていました。当時、商学部にいらした会計学関係の先生は、伝統的な会計学、アカデミックな会計学を教えられていました。瀧田輝己先生(現・同志社大学名誉教授)はシュマーレンバッハ(編集部注:ドイツの有名な会計学者。期間損益計算を目的とする「動的貸借対照表」を提唱)やペイトン&リトルトン(編集部注:いずれもアメリカの会計学者)の話を学部の授業で教えていたり、百合野正博先生(現・同志社大学名誉教授)はモントゴメリー(編集部注:アメリカで最初に監査論の本「Auditing: Theory and Practice」(1912年)を出版した人物)の話をされたりと、非常に知識欲を刺激されてきました。そのときから、アカデミックに対するリスペクトや憧れはありましたね。
大学院修了後に、公認会計士試験の短答式に合格した報告をかねて、製本した修士論文を学部時代の恩師である田口聡志先生(同志社大学商学部教授)にお渡ししにいきました。そのときに、「博士課程に進学しない?」と声をかけてくださったのです。これまでアカデミアへの憧れはあったものの、自分には縁のない遠い存在と思っていた研究の世界に誘ってもらったことで、「自分ももしかしたら研究者になれるかもしれない」、「好きなことをして生きていってもいいんだ」と背中を押してもらえた気がして、博士課程への進学を決意しました。
会計士試験合格者と監査法人をうまくマッチングさせるには!?
研究者になりたての頃は、自分も公認会計士試験に挑戦していた経験があったので、公認会計士試験合格者が監査法人を選ぶ際に、どうやったらうまくお互いがマッチングできるかといった研究をしていました。ごく単純化すると、合格者側にはどの監査法人に就職したいかを順位付けしてもらい、監査法人側にも同様に、応募してきたなかでどの合格者を採用したいかを順位付けしてもらいます。そのうえでアルゴリズムを組んでマッチングさせれば、最適解を見つけ出せるのではないかといった研究です。このマッチングの仕組みは、医療分野でも臓器移植でドナーと患者を適合させる際に利用されるなど、さまざまな分野で使われています。
公共財ゲームといわれるような実験を行いました。たとえば、監査において、ペナルティのある世界Aとペナルティのない世界Bのどちらが監査の品質が高くなるかといったような研究です。ここに、ペナルティだけでなく表彰や褒められるといった報酬を意味する「リワード(reward)」の要素を加えると、もっと面白い結果が見られます。リワードのアリ/ナシ、ペナルティのアリ/ナシ、そして何もなしという条件で、どれが最も監査の品質が高くなるかといった実験研究も進めていきました。
フェイクニュースに負けない、本物の情報を求めて
しかし、ここで壁にぶつかりました。師匠である田口聡志先生が、会計分野の実験研究でかなりの功績を出しているのですね。師匠の背中を追うだけでなく、「違った視点からも研究を進めたい!」と思っていたところ、当時在籍していた群馬の大学の縁で平井裕久先生(現・神奈川大学工学部教授)と新井康平先生(現・大阪公立大学商学部准教授)に出会いました。そこから3人で一緒に、会計情報の読みやすさ(リーダビリティ)の研究に取り組み始めました。これをきっかけに、テキストマイニングの研究(編集部注:大量の文字データを分析して、有益な情報を探す研究)に本格的に取り組んでいます。
テキストマイニングの研究は、大きく2パターンあります。仮説を立てて、それが合っているかどうかを確かめていく仮説検証型と言われるものと、事実をどんどん深掘りしていく事実解明型です。現時点では、後者の事実解明型によって事実を積み上げている状況で、そのあとになぜそうなるのかを仮説検証していきたいと考えています。
大学で教えている授業科目とも関連して、公会計に関するリーダビリティの研究も行っています。自治体が公表する会計情報などについて、テキストマイニングで分析をしています。同じアニュアルレポートの会計情報でも、企業が公表しているものと自治体が公表しているものを分析すると、どちらが読みやすいという結果が得られると思いますか?
そうですよね。漠然とそんなイメージを持つ方が多いと思うのですが、実は逆で、自治体の公表物のほうがリーダビリティに優れているという結果が得られました。これはけっこう重要なことです。というのも、フェイクニュースのような偽情報は、わかりやすく読みやすいので、人は信じるし広まるという面もあります。そういった情報に負けないようにするためにも、公的な機関や自治体が公表する情報は、よりわかりやすく読みやすく改善していく必要があると考えています。
先行研究とは違う結果が出るのも醍醐味
先ほどお名前を挙げた平井先生と新井先生と一緒に取り組んだMD&A(編集部注:Management's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operationsの略:経営者による財務や経営成績の分析を示した定性情報のこと)に関するテキストマイニングの研究結果は面白かったですね。MD&Aはアメリカでも日本でも開示が義務づけられていて、アメリカで行われたテキストマイニングの先行研究を見ると、年々文章が難しくなっていて、文字数も多くなっているという研究結果が出ていました。つまり、アメリカではMD&Aは難化傾向にあったのです。
一方、日本の有価証券報告書のMD&Aを分析してみると、文章が読みやすくなっていて、文字数も少なくなっているという全く逆の結果が得られました。この結果が出たときは、3人で驚いたのを覚えています。
先ほどのMD&Aの研究結果でも事実は解明できましたが、その理由を明らかにはできていません。そのため、実験などの手法を用いながら仮説検証を行って、「なぜなのか」を解明していきたいと考えています。また、決算短信やプレスリリースなどの企業が開示する会計情報の分析に際しては、横軸に読みやすさの高低(リーダビリティ)、縦軸に業績の良し悪しをとって、その因果関係などを研究していきたいですね。
(了)
話者略歴
廣瀬喜貴(ひろせ・よしたか)
大阪公立大学商学部准教授。博士(商学)(同志社大学)。
専門は、テクノロジーと行動科学を使った財務会計・監査・公会計などに関する会計情報システム。
同志社大学商学部を卒業後、早稲田大学大学院会計研究科、同志社大学大学院商学研究科博士課程(後期課程)を修了後、2015年4月より高崎商科短期大学部講師。2018年4月大阪市立大学商学部准教授を経て、2022年4月より現職。
主な著書・業績に『人事評価の会計学』(分担執筆、中央経済社、2021年)や「MD&A情報の可読性が将来業績に及ぼす影響:テキストマイニングによる分析」『年報経営分析研究』(共著、2017年、日本経営分析学会 学会賞(論文の部)受賞論文)など多数。
※所属は記事公開時点のものです。