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権利落ちは本当に発生するのか?|【連載】ちょっと一息 ブレイクタイム・ファイナンス(第4回)

株式投資では、発行会社の株式を、決算日をまたいで保有していると配当金を受け取ることができます(無配当の企業の場合、配当金はゼロですが)。
権利落ちは、配当を受け取る権利を有している株式が、配当を受け取る権利を失った場合に発生する株価の下落を意味します。
この権利落ちという概念は、株式価値やオプション価値の評価に影響を与えるもので、実務ではパラメータとして利用されています。
今回は、株式価値評価の理論上の概念である権利落ちについて、権利落ちが本当に発生するのか否かについて、解説しようと思います。 


1.権利落ちとは

まず、「権利落ち」とは、配当がある株式の価値が、配当がない株式の価値に下落することです。配当金が貰える最終日(月末最終営業日の2営業日前)を「権利付き最終日」、権利付き最終日の翌日(配当金が貰えなくなる最初の日)を「権利落ち日」といいます。
1株当り市場株価(以下では単に「株価」といいます)が100円、配当金が3円の銘柄の配当金の権利落ちをイメージしたのが図表1です。配当金3円が貰える権利付き最終日の株価が100円であれば、理論的には権利落ちが発生すると配当相当額3円が株価から控除されるため、権利落ち日の1株当り株価は97円に変化します。
すなわち、株価の構成要因として株主が受領できる配当金が含まれていると考えます。 

【図表1:権利落ちのイメージ】

2.データによる検証

ここでは一般の上場会社よりも権利落ちの影響を受けやすいと考えられるJ-REIT(不動産投資信託)の権利付き最終日から権利落ち日の株価の変動を使って、権利落ちの影響を調べてみます。
 
まず、権利落ちの影響を調べるために利用したデータは、2018年4月から2023年3月までの5年間において分配金(J-REITの配当金)が支払われた銘柄です。
権利付き最終日から権利落ち日の株価の変動は配当金だけでなく、毎日の株式市場の動向(たとえば、日経225平均株価の変化)、経済イベントなどさまざまな要因に影響を受けます。
J-REITは株式市場に上場しているため、株式市場の相場変動(東証株価指数や外国の株価指数)に影響を受けるものの、長期間のデータを利用すればその影響は薄まると判断し、対象期間のデータをそのまま使用しています。
 
次に、権利付き最終日の株価終値から分配金を控除した価格を「権利落ち価格」とし、権利落ち日における始値、高値、安値、終値の変化率を計算します。
たとえば、権利落ち日における終値の変化率は下記で計算しています。

終値の変化率=(『権利落ち日の終値』-『権利落ち価格』)÷『権利落ち価格』 

権利落ちの変化率を計算した結果を、月別に表示したものが図表2です。 

【図表2:月別の権利落ちの変化率】

 2020年3月付近は、新型コロナが全世界に広まった時期のため、高値と安値に大きな差(約8%)が見られます。2022年はロシアのウクライナ侵攻に伴う資源高などの影響があり、大きな値動きが見られます。
 
しかし、全体としては権利落ち日の高値は、権利落ち価格を概ね上回っており、安値は権利落ち価格を概ね下回っていることが、月別の推移(図表2)からもわかると思います。
この点を数値として示すために、権利落ち日の始値、高値、安値、終値が権利落ち価格を上回る割合を計算したものが図表3です。 

【図表3:権利落ち価格を上回る割合(件数の割合)】

権利落ち日の高値は高い確率で権利落ち価格を上回り、終値に関しても63%上回っています。このことから、配当金(分配金)による権利落ちは発生するものの、理論的な権利落ちよりも株価に与える影響は軽微なようです。
 
市場環境によって権利落ちの影響は違うため、一概には言うことはできませんが、株価評価理論上の概念である権利落ちは存在するものの、権利落ち価格は理論値よりも高い、と私自身は考えています。
 
今回は株式価値評価の理論的な権利落ちが正しいのかという観点から解説しました。
 
さらに詳しく知りたい方は、『金融マンのためのエクイティ・ファイナンス講座(第2版)』を参考にしてください。

筆者略歴

山下 章太(やました・しょうた)
公認会計士。
神戸大学工学部卒業後,監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ),みずほ証券,東京スター銀行を経て独立。
独立後は,評価会社,税理士法人,監査法人を設立し代表者に就任。その他,投資ファンド,証券会社,信託会社,学校法人などの役員を歴任し,現在に至る。
 
[主な著作]

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