「税務形式基準と事実認定」の解題〜山本守之ism|税務弘報2023年3月号特集|インタビュー
解題
編集部:まず、なぜ、本号で『税務形式基準と事実認定』という特集を企画したのかを読者の皆さんにご説明することから始めないといけませんね。
きっかけは、2022年10月7日に国税庁長官より発遣された「雑所得の範囲の取扱い」に関する所得税基本通達の改正です。意見公募に多くの意見が寄せられ、その結果、大幅に修正された35-2の注書の文言に、修正前後ともに、いわゆる形式基準が見られました。
上記改正後通達の注書は、パブリックコメントにより、当初案の修正が行われ、事実認定が考慮されたように感じました。
編集部では、この通達改正が発遣されるまでの一連の流れを踏まえて、どういった企画が考えられるか、もちろん、今回の改正を真正面から捉えた企画も当然俎上に載せることとして、ブレーンストーミング的な編集会議を行いました。その際に、山本守之先生が書かれた『税務形式基準と事実認定』が大きな話題になりました。通達改正の内容に形式基準と事実認定が揃っていたから当然といえば当然でしょうか。
とは言いましても、山本守之先生はお亡くなりになっています。そこで、こうした法人税の分野を現在研究されている方々はどなた方かという話になりました。
このような流れで、今回の特集を守之会の先生方、加えて、熊王征秀先生にご依頼させていただいた次第です。
つきましては、『税務形式基準と事実認定』の令和版ともいうべき企画の解題として、藤曲武美先生にいろいろとお聞きしたいと思います。
本日はよろしくお願いいたします。
藤曲武美(以下、藤曲):承知いたしました。
本書は、昭和62年の刊行になりますから、山本先生が50代で、消費税が導入される前ですので、法人税を中心に執筆・講演をされていた頃ですね。
編集部:そうなんですね。先輩方にお聞きしましたら、もともと、弊社『税務弘報』で連載されていたものを1冊の単行本におまとめになられたとのことでした。
また、刊行年の翌年には、日税研究賞の奨励賞を受賞されたとのことです。山本先生にとっても大切な1冊であったと思いますが、弊社並びに弊誌にとっても、語り継ぐべき貴重な1冊ということですね。
形式基準の現在位置
編集部:さて、本企画のメインテーマである税務形式基準は現在の研究領域としてはどのように捉えればよろしいでしょうか。
藤曲:山本先生が、われわれ守之会に研究テーマとして与えてくださったのは、本誌でも1年ほど前に取り上げていただいた「不確定概念」です。先ほどの所得税基本通達35−2の注書にもありました「社会通念上」などがこれに該当します。
この不確定概念は、実は、形式基準と無関係ではありません。簡単に申し上げますと法律の中などでは、この不確定概念とされる表現が少なからず見受けられますが、通達などになりますと、形式基準が多く見受けられるようになります。これは、法律でいうところの不確定概念を実務的に判断するために、強いて言えば、どれほどになるかということであり、言うなれば、目安となるわけです。
しかし、この実務を助けるための目安であるはずの形式基準が一人歩きすると、いろいろとトラブルを起こしかねません。そこに対して山本先生は警鐘を鳴らされていたのではないかなと思います。
つまり、不確定概念と形式基準は表裏の関係にあると言えるほどに強いといいますか近い関係です。山本先生が本書を出された後の平成3年にわれわれ守之会ができるわけですが、山本先生は、ご自身が書かれた「形式基準」とわれわれに与えられた「不確定概念」の関係を当時から意識されていたのかもしれません。
また、このテーマは実務家としては永遠のテーマともいうべきものです。不確定な概念を現実に当てはめていくのが実務家としては一番大変なことの1つであると同時に大切な真摯に対応すべきテーマです。
守之会の研究領域
編集部:なるほど、表裏の関係とは言い得て妙ですね。これから、両者の関係を掘り下げていただきたいと思いますが、忘れないうちに1つお聞きしたいことがございます。
本筋からちょっと逸れますが、守之会は平成3年創設とのことですが、メンバーはどのようにして参加されたのでしょうか。
藤曲:先ほど話に出ました、本書が受賞された日税研究奨励賞の主催団体である日本税務研究センターで「法人税ゼミナール」を山本先生が主催されていました。
そのゼミナールを受けた方々のうちの有志が声をかけて、ゼミナールが終わっても山本先生のもとで研究会を継続したいということで「守之会」が生まれたわけです。
編集部:守之会での研究テーマのメインは判例研究でしょうか。
藤曲:そうですね。裁判例を題材に月1回のペースで勉強会を行っていましたね。
山本先生の思いとしては、裁判例を検討することに止まらず、そこから、一歩踏み込んだ議論を期待していたんだろうと推測しますね。裁判例をただ単に検討したって駄目なんだ、というようなことを多分言いたかったんだろうと思いますが、さすがに面と向かっては言われませんでしたけどね。
もう1つのキーワード「事実認定」
編集部:そうでしたか。先ほど、形式基準ついてお聞きしましたので、今度は事実認定についてお聞きします。
本書の刊行当時どうであったかということもさることながら、最近、さまざまな書籍、論文、ネット上のコメントなどで「事実認定」という言葉を目にします。
形式基準は規定として法令の中にあるものもあれば、通達の中にあるものもあります。場合によっては、実際に規定されずに、税務調査のときに調査官の言葉としてよく使われる基準もあります。それに対するものとして、形式基準で判断しきれない個別事情を考慮した上での判断の仕方というものがあって、それを、「事実認定」という、要するに、形式基準と事実認定というのは考え方としては、両局というか、相対するものと考えればよろしいんでしょうか?
藤曲:そうですね。対立又は相互に牽制している概念であることは間違いないでしょうね。根本にあるのは法の適用ということだと思います。やはり、租税法律主義が前提ですので、その法を適用していく際に、何が一番重要かということです。そうなると、法の趣旨ということになります。
不確定概念も形式基準も、どういう趣旨で作られているのかということです。わざわざ「相当に高額」とか規定されているのは、やはり、具体的な金額、1本の線を簡単に引けないから、そのように規定されているわけです。
取引の実態を見極めなければならないわけです。取引は千差万別です。いろいろな条件があって、その条件の中で取引が行われるわけですから、すべてが同じような取引になるとは限らないわけです。むしろ、同じになるわけがないのです。
その取引の実態をどう捉えていくのか、それが事実認定だと思うのですね。事実認定は取引の実態に即した形で法を適用していくということですから、形式基準を牽制している概念ですね。
安易な基準に従ってはいけない
編集部:形式基準、事実認定の両者について、素人考えで整理させてもらいますと、法律の規定としては、不確定概念に属するようなある程度の枠を想定して規定されていて、本来はその規定の中で、納税者がいろいろ判断をしながら、法を当てはめ、適用をしていけばいいのですが、それだとなかなかわかりづらいから、通達というもので、ある程度その数字を上げて、誰でもわかるようにしましょうという考え方(形式基準)に対して、山本先生は、「ちょっと待ちなさい」と。
実際に起こったことをちゃんと事実に即して整理して十分に考えた上で判断すべきこと(事実認定)をせずに、形式基準があるからといって、安易に従うのはいかがなものでしょうかと、おっしゃっているように感じますね。
藤曲:おおむねそのようなことだとは思います。
具体的な取引の実態はいろいろあるわけですから、それに応じた形で、当てはめていくと1本の線では引けないでしょう。特に不確定概念に絡むような形式基準とかは、絶対に1本の線では引けないでしょうと言いたかったのだと思います。
具体的に考えていきますと、事実認定により、取引自体をどのように捉えていくのかということになりますが、いろんな事情があります。取引相手がいますし、取り巻く環境もさまざまですから、一定の基準で測れるはずがないということです。
実際に行われている取引については、当事者の傍で見ている実務家が一番詳しいはずです。その実務家が取引をいかに具体的に認識していくかというところが大事であるということです。
実務的には不確定概念たる法などを当てはめるにあたっては、形式基準があると簡単なんですね。形式基準が1つの視点としては、一番公平と映るかもしれません。誰に対しても同じに取り扱うわけですから。しかし、先ほども申しましたが、実際に行われる取引には、1つ1ついろいろな事情があります。それでも、公平と言えるのかどうかです。
役員退職慰労金の功績倍率は形式基準で3倍ですよといわれます。3倍を超えれば不相当に高額ですよ、と判断することは簡単ですし、一見公平に見えます。しかし、退職した事情とか、退職前の支給形態やその役員の貢献度とかいろいろ考えると果たして功績倍率3倍という一律の基準でいいんですかとなってくるわけです。
そうしますと、繰り返しになりますが、取引の実態・事情を踏まえなければいけない、あるいは事実をしっかりと検証しなければいけないとなります。そこで、事実認定となるわけですね。
編集部:わかりやすいご説明をありがとうございます。
Q&Aは形式基準を助長しませんか
編集部:ここ数年気になることがあります。形式基準がどこまで規定されているかということです。
多くは通達に規定されていると思いますが、近年は、通達ではなく、Q&Aという新たな公表物の中で示されていることが多いように思います。
経済取引がどんどん複雑になっていくので、通達の書き方では上手に伝わらない、ということもあるのでしょうが、こうしたQ&Aが増えると、本来判断されるべきものがちゃんと判断されているのかなと、われわれ素人目でも懸念されるような気がします。いかがでしょうか。
藤曲:そうですね。最近はQ&Aがいっぱい出てきますね。通達を発遣して、さらにQ&Aが何十問って出てくるわけですから、実務家としては、わかりやすいし便利なことだとは思います。
とは言いましても、本来、租税法律主義であったものが、ひところ揶揄されていましたが、今や租税Q&A主義になってしまったとすれば、果たしてそれでいいんだろうかということですよね。
税務上、問題のある事象を考えるきっかけとしては、有意義なことはあると思います。Q&Aの考え方というのがあって、それは1つ参考にして考えていくということでは十分に役に立つ話だと思います。
ただし、それがいかにもその法令であるかのように扱われることになると、それはおかしいと思います。その点について、区別をはっきりとつけていかないといけないんじゃないかなと思います。
特に租税Q&A主義みたいに言われるようになってくればくるほど、実務家としては、取引に関する事実認定を十分に考慮しながら、当てはめていく必要があるんじゃないかなと思っています。
編集部:なるほど、難しいところですね。役に立つからといって、すべて、Q&Aや形式基準ばかり頼っていると本末転倒になりかねないということですね。
永遠のテーマ
編集部:最後に読者の皆さんにお伝えしたいことをお話しいただけますか。
藤曲:最初にも申し上げたとおり、山本先生はわれわれ守之会に「不確定概念」というテーマを与えてくださった後に、日本税務会計学会の学会長やっていらっしゃった平成18年の日税連の公開研究討論会の際に「現行税制のゆがみを正す」というテーマを、提案してくれました。
これもなかなか難しいテーマでした。このテーマを今考えると税制は創設されたり、改正されたりした時点では、その時代に適した税制になっているわけですが、時間の経過とともに、経済取引が行われる環境が変化し、税制にゆがみが生じてくることは仕方ないことです。
こうした経済環境の変化が税制に影響を及ぼすということが理解できないと、時代に適した税制は提示されないということです。
このように、山本先生が、われわれに与えられたテーマは、簡単に1つの答えが見つけられるものではありません。
既存税制が経済環境の変化に対応できていなければ、われわれ税理士は、そのゆがみを指摘できるように、顧問先が抱える個別事情を考慮して形式基準に安易に頼ることなく判断ができるように、現在も指導を受けているようです。まさに、永遠のテーマをいただいたということになるでしょうか。
今後も、山本守之先生が大切にされたワビ、サビ、洒落といった人間味溢れる対応を心掛けていきたいと思います。
編集部:ありがとうございました。山本守之先生の三回忌が先月末に営まれたとのことですが、たいへんお世話になった弊誌は本特集を墓前に献ずることとしたいと思います。
2022年12月21日、中央経済社にて
〔特集〕税務形式基準と事実認定〜山本守之ism
目次
意義と問題点なぜ、今、問題になるのか
藤曲 武美
役員給与定期同額給与・事前確定届出給与
嶋 協
役員退職給与
田代 雅之
交際費
千田 喜造
評価損
矢頭 正浩
貸倒損失
木島 裕子
資本的支出と修繕費
久乗 哲
借地権課税
若林 俊之
重加算税
賦課決定処分の取消し
田口 渉
消費税
居住用賃貸建物の定義
熊王征秀
税務弘報のご紹介
月刊誌『税務弘報』では、最新の税務問題をいち早く解説し、周辺知識を取り込んだ幅広い構成で解説しています。
バックナンバー・定期購読もご用意。ぜひご活用ください!
#中央経済社 #税務弘報 #税務 #税法 #会計 #税理士 #会計士