日本の企業は頑張りすぎていませんか?|【連載】ちょっと一息 ブレイクタイム・ファイナンス(第2回)
世界的な新型コロナウィルス、世界各地で起こる紛争などを原因として、ここ数年で経済環境は劇的に変化しました。特に2022年に入ってから発生したロシア・ウクライナ間の戦争は、コモディティ価格に影響を与え、世界中にインフレーションを発生させました。
各国中央銀行はインフレーションに対応するため金融引き締めを行い、日本は急激な円安に見舞われています。誰も予想できなかった状況がここ数年で次々と起こっていて、今後もどうなるか誰も予想できないでしょう。自然災害であれば「100年に1度の大災害」といわれる経済環境の変化(大災害級の不況や市場の暴落)は、度々(数年サイクルで)発生します。
現在の企業は急激に変化する経済環境の変化に順応して、企業戦略を構築することが求められていると言えるでしょう。
私の著書『金融マンのための再編・再生ファイナンス講座』でも説明していますが、今回は、外部環境の変化にどのように対応するべきか、という点から解説してみようと思います。
1.不況は数年に一度起こる
病気の蔓延を表す言葉はいくつかあり、最も小規模な風土病がエンデミック(endemic)、地域的な病気の流行がエピデミック(epidemic)、全世界的な蔓延をパンデミック(pandemic)といいます。新型コロナウィルス(COVID-19)は世界的に流行したためパンデミックです。
これを経済活動に置き換えると、過疎化による地域経済の衰退がエンデミック、自然災害(台風や地震)による広範囲な地域経済への影響がエピデミック、リーマンショックなどの世界的な景気低迷がパンデミックに該当するでしょう。ただし、経済活動のパンデミックは数年(5~10年)に一度発生するため、自然災害や伝染病とは発生頻度が根本的に違います。
図表1は日経225インデックスの月次推移と景気悪化の原因を示したものです。
1990年前後に発生したバブル経済の崩壊は日本だけに景気悪化をもたらしましたが、その他(ITバブル崩壊~新型コロナ)については外国で発生した景気悪化が日本にも波及しました。すなわち、既に世界経済は金融市場や物流網(グローバルサプライチェーン)で繋がっているため、不況が全世界同時に起こりやすいのです。
特に金融マーケットは即時性があり、何らかの経済イベントが発生した場合、世界中に即時に拡散して影響を及ぼします。中世であれば、情報が即時に伝達されることはなかったため、景気悪化は一地域だけで済んでいた(エピデミックのような状況)のでしょうが、現在は世界中に危機情報が拡散され、世界的な不況が起こりやすくなったと言えます。
【図表1:日経平均株価の推移と景気悪化の原因となった経済イベント】
なお、新型コロナについては、各国政府が金融緩和政策を採ったことから、世界的な不況とはならず、むしろ株価を世界的に引き上げたという結果になりました。日本経済は世界の状況を反映するものの、景気はそれだけに影響されるわけではありません。
次に、もう少し別の観点から日本経済の置かれている状況を説明します。
2.日本の消費者物価の特殊性
すでに知っている方も多いと思いますが、ここでは日本の物価の特殊性について説明します。
2022年2月に開始したロシア・ウクライナ間の戦争の影響により、世界的なインフレが進行しています。日本では「来月から〇品目の値上げが予定されています」というような報道がなされており、インフレが進行しているような印象を受ける人もいるでしょう。しかし、日本ではヨーロッパ諸国やアフリカ諸国のように水道光熱費が数倍になるわけではなく、生活ができないレベルの値上げも起こっていません。日本のインフレは微々たるもので、他の国に比べればマシと言えるでしょう。先入観を持たずに冷静に現状認識する必要があります。
日本の物価の特殊性を説明するために、ここでは米国の消費者物価指数(CPI)と比較します。日本と米国(都市部)の2000年1月から2022年8月までのCPI(全体(総合)と食品)の推移を示したものが図表2です。日本の消費者物価指数は全体(総合)が2000年1月から2022年8月の間に5.4%増加しています(食品は18.9%の増加)。
一方、米国は2000年1月から2022年8月の間に74.6%増加しています(食品は85.6%の増加)。日本は過去20年でほとんど物価が変わっていないにも関わらず、米国では大きく上昇したことがわかります。この傾向は、他の先進国も同じで、新興国ではさらに大きな物価上昇が見られます。すなわち、日本は物価変動がほとんど発生しない、世界の中でも珍しい国であるといえます。
【図表2:日本と米国の消費者物価指数の推移】
海外から見ると「日本は物価が安定しているので生活しやすい」と思うでしょう。ただし、日本の安定した物価は企業努力に支えられているため、必ずしも日本経済にプラスとは言い切れません。この点については、次で説明します。
3.物価変動と企業努力
日本の物価変動が極めて小さいのは、日本が経済成長していないこと、企業が価格を上げないこと、が主な原因です。つまり、日本は過去数十年の間に培ったデフレマインドが消えず、企業が消費者への価格転嫁ができない状況が継続します。
この結果、何が起きるかというと、日本企業はコスト削減を行い、販売価格を上げない努力をしなければなりません。この日本企業特有の行動を「企業努力」といいます。仕入価格が上がっても販売価格を維持しないといけないので、人件費を含めたコスト削減を頑張ります。この結果、日本企業は「良い商品を、より安く」提供するためにゾンビ企業化していきます。
なお、「ゾンビ企業」とは、実質的に経営がほぼ破たんしているにもかかわらず、金融機関や政府などの支援により市場から退出せずにとどまっている企業のことです。近年では、ゼロゼロ融資(新型コロナウィルス禍で売り上げが減った企業に実質無利子・無担保で融資する仕組み)によって、ゾンビ企業がますます増加しました。
先進諸国は経営が行き詰まるとすぐに諦めて倒産するのに対して、日本企業は企業努力を続けるため、ゾンビ企業の割合が高いのでしょう。
少し話を変えると、CDS(Credit default swap)というクレジット・デリバティブがあります。CDSの取引価格は、その企業の倒産リスク(デフォルト率)や回収率(クレジットイベント(債務不履行)発生時に回収できる元本金額の割合)などを基にします。
CDSにおける日本企業(大企業)の回収率は他の先進諸国(大企業)の回収率よりも5%~10%低くなっています。これは、日本企業は倒産までの間に頑張りすぎて、倒産時に回収できる資産が少ないことが理由です。大企業でさえそうなので、中小企業の回収率はもっと低くなるでしょう。
たとえば、図表3のように倒産していく企業の現預金残高は期間が長引くほど減少していきます。欧米企業の倒産時期は日本企業よりも早いため、日本企業の回収率が低くなることがわかると思います。要は、日本企業は諸外国と比べても頑張り過ぎなのです。
【図表3:倒産時期と回収率】
企業が苦境に立たされた時に、日本の経営者はギリギリまで頑張ろうと思うでしょう。一方、投資家(株主)や債権者(銀行)からすれば、早めに倒産または再生手続に入ってもらったほうが、回収額が増え、スポンサーが見つけやすくなるため、ありがたいのです。
4.円安は企業業績を悪化させたのか?
冒頭でも触れたように、インフレに対応するために各国中央銀行が利上げを続けています。一方、日本の中央銀行(日銀)は利上げをしないため、諸外国通貨との金利差が拡大し、円安を招いています。アベノミクスは円安誘導政策だったので、意図せずに目標は達成したわけです。一方で、円安により輸入品価格が上がったため、日本企業の収益率が低下したとの報道も散見されます。
実際には、為替変動(円安・円高)は会社の製造・販売体制によってプラスにもマイナスにも作用するため、報道されているような「悪い円安」ということはありません。ここで少し説明します。
図表4は、為替レートが100円/米ドルから150円/米ドルに変化した時に、製造・販売数量が変化しないと仮定した場合の売上高、売上原価、営業利益の変化を示したものです。為替レートが変化する前は、全てA社と同じ売上高、売上原価、営業利益であったとして、B社~D社の業績を計算しています。
まず、国内製造・国内販売をするA社は為替レートの影響を受けないため、売上・売上原価は変化しません。国内製造・海外販売を行うB社は外国売上が為替レートの影響で、営業利益が20から70に増加します。C社は海外製造なので売上原価が増加し、営業利益は20から-20に減少します。D社は製造・販売とも海外なので、為替レートの影響で営業利益は20から30に増加します。
この例で言うと、円安で収益が悪化するのはC社(海外製造・国内販売)のタイプだけで、他の製造・販売体制の会社は影響を受けないか、円安はプラスに作用します。企業にとっては、円安は外部環境の変化であって、良いも悪いもありません。ただ、対応しないといけない経営課題の1つなのです。
【図表4:製造・販売体制による円安の影響】
5.日本企業はどのようにポジショニングを採るべきか?
世界的な景気循環に加えて、日本独自の要因(為替レートや物価変動など)が日本企業の業績に影響を与えます。現在はグローバルサプライチェーンが構築されたことにより、数十年前に比べると、(プラス方向にもマイナス方向にも)影響度が大きいと言えるでしょう。
将来予想は誰にもできないため、さまざまな経営環境の変化に対しては、その都度、戦略を変更して対応するしかありません。
たとえば、図表4のC社(海外生産・国内販売)が赤字を食い止めようとした場合、採り得る事業戦略は、①売上高を増加して黒字化する、②原価率を低下させて黒字化する、③事業から撤退する、の3つです。具体的には、①売上高を増加させて黒字化するためには、国内売上を増加させても利益が発生しないため、海外売上を増加させる必要があります。②原価率を低下させるためには海外生産のウェイトを下げる必要があります。③事業から撤退する場合は、対象事業を第三者に売却します。
これを事業再編として実施する場合、図表5に記載したような対応が考えられます。
【図表5:C社の事業再編による事業戦略】
事業再編は、企業が現状の問題点を短期的に解決するための有効な手段です。事業戦略を変更する際には、かなりの確率で事業再編を行うことになるため、どのような方法を採るべきかを理解しておく必要があります。
なお、事業再生・事業再編については、私の著書『金融マンのための再編・再生ファイナンス講座』でも説明していますので、ご興味のある人はご覧下さい。
このように、景気変動は短期的に発生し、企業はその度に対応を迫られます。どのような対応を行うかは企業によって異なるものの、対応をより効率的かつ的確に行うためには前提知識を有していることが重要なのです。
筆者略歴
山下 章太(やました・しょうた)
公認会計士。
神戸大学工学部卒業後,監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ),みずほ証券,東京スター銀行を経て独立。
独立後は,評価会社,税理士法人,監査法人を設立し代表者に就任。その他,投資ファンド,証券会社,信託会社,学校法人などの役員を歴任し,現在に至る。
[主な著作]