金利から為替レートを計算できるのか?|【連載】ちょっと一息 ブレイクタイム・ファイナンス(第1回)
山下章太(公認会計士)
今年(2022年)の3月くらいから、特に米ドルと比較した円安が進んでおり、昨年末(2021年12月末)の1米ドル=115円から、2022年7月には1ドル=140円近くまで円安が進みました。その後、少し円高方向に推移したものの、未だに円安は継続しています。
円安により輸入品のコストが上がり、消費者の負担が増えることから、マスコミの報道では「悪い円安」と言われているようです。ただし、そもそも円高や円安に良いも悪いもありません。中央銀行や専門家は「主要国の利上げにより、円安が発生している」と説明しているものの、具体的にどのような状況なのでしょうか?
この点については、私の著書『図解 為替デリバティブのしくみ』でも説明していますが、円安の原因と言われる金利差に着目して、解説してみたいと思います。
1.為替レートと金利の関係
ここでは説明の都合上、日本円と比較する外国通貨は米ドルとし、為替レートは「1米ドルを何円で交換できるか(たとえば、130円/米ドル)」として話を進めていきます。
まず、2021年12月末時点と2022年6月末の為替レート、日本と米国の10年国債利回り(年率・複利)を比較したものが図表1です。6カ月間で20円の円安が進行しましたが、その間に10年日本国債金利は0.15%上昇したのに対して、10年米国国債金利は1.5%上昇しています。米ドル金利上昇の原因は、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げです。円金利は少し上がったものの、ほぼゼロ金利なのは変わりありません。米国金利は大きく上昇し、円金利はほぼ変化していないと言ってもよいでしょう。
【図表1:為替レート、日本と米国の10年国債利回り】
投資家から見た場合、米ドル金利が上がったのに、日本円金利が変わらないとすると、図表2のように金利が高い米ドルに資金を移したほうがよいと考えるのが自然です。日本円を米ドルに資金移動させるということは、日本円を売って、米ドルを買うということです。売られた日本円は安くなります(円安)。
【図表2:金利変動による資金移動】
ここで誤解のないように解説しておくと、円安とは日本円の価値が下がることです。すなわち、今まで1ドルを115円で買えたのに、日本円の価値が下がると1ドルを135円で買わないといけません(為替レートは上昇するので混乱する方もいると思います)。
為替相場は、基本的に人気投票と同じで、人気が高い(より高い金利がもらえる)通貨の価値が上がり、人気が低い(少ししか金利がもらえない)通貨の価値は下がります。
「なぜ円安が発生したか?」という疑問への答えはいくつかあると思います。その答えの1つとして「金利が上がった米ドルと比較して、金利の変わらない日本円の人気が相対的に下がったから」と言えるでしょう。
2.為替レートは2種類ある
円安が発生する理由については理解できたと思います。
次に、金利が為替レートにどのように影響するかを理解するためには、スポットレートとフォワードレートの違いを理解する必要があります。
スポットレートとフォワードレートを比較したものが、図表3です。
【図表3:スポットレートとフォワードレートの比較】
簡単に言うと、スポットレートは今の為替レートで、フォワードレートは将来の為替レートのことです。ちなみに、先ほどの解説(1.為替レートと金利の関係)は、スポットレートについての話です。
フォワードレートは、将来の為替レートなので、一定期間その通貨を保有することによる時間的価値を加味する必要があります。
具体的な数値で説明したほうがわかりやすいため、図表1に掲載した日本円と米ドルの10年国債金利を使って説明します。
2021年12月末時点では、日本円金利=0.09%、米ドル金利=1.5%です。2021年12月末に日本と米国の10年国債を100購入し、10年間保有した場合のキャッシュ・フロー(CF)はそれぞれ下記のように計算できます。
日本国債に10年間投資しても0.9%しか増えないのに対して、米国国債に10年間投資したら16.1%増えるので、米国国債に投資したほうが儲かっているような気がします。
この考え方によって、日本円を0.9%で調達して1.5%の米ドルで運用するという「円キャリートレード」が行われています。
次に、2021年12月末時点のスポットレート115円/米ドルで日本円換算して、同じ金額(1百万米ドルの米国国債と115百万円の日本国債)を保有している場合、10年間保有したCFは以下のように計算します。
もし、10年後に2021年12月末時点のスポットレート115円/米ドルで、米ドルから日本円に両替できると、133.46百万円(1.161百万米ドル×115円/米ドル)になるので、「日本国債で運用せずに米国国債で運用したほうがよい」ということになるでしょう。
ただし、金融工学においては「同じ金額を10年間国債に投資したのに、国によって運用成績が違うのはおかしい!」と考えるため、このような裁定取引(アービトラージ)は発生しません。
すなわち、金融取引においては「同じ金額を10年間国債に投資したら、同じだけのリターンが発生する」ことを前提とするため、10年後の116.04百万円と1.161百万米ドルが等しくないといけないのです。10年後の116.04百万円と1.161百万米ドルが等しくなる為替レート(フォワードレート)は、下記から99.99円/米ドルです。
2021年12月末時点において、10年後に通貨交換をする場合の為替レート(フォワードレート)は、市場レート(スポットレート115円/米ドル、日本円金利0.9%、米ドル金利1.5%)から、99.99円/米ドルでなければなりません。
なお、フォワードレートは「為替予約レート」とも言われ、たとえば、「〇カ月後(〇年後)に日本円と米ドルを交換する予約取引の際に利用する為替レート」です。フォワードレートは、〇カ月後(〇年後)のスポットレートを予想している訳ではなく、現時点における金利差を調整した為替レートです。実際に、10年後に99.99円/米ドルになっても、ならなくても、どちらでも構いません。
3.フォワードレートはどのように動いたか?
ここまでの説明で、スポットレートについては、金利が高い通貨は高くなり、金利の低い通貨は安くなることがイメージできたと思います。また、フォワードレートは日米金利差を調整するための為替レートであることがわかったのではないでしょうか。
次に、今年の日米金利差の拡大がフォワードレートにどのように影響を与えたかを説明します。
まず、2021年12月末から2022年7月末までの為替レート(スポットレート:左軸)、日本と米国の10年国債利回り(右軸)の日次推移を示したものが図表4です。日米金利差が拡大するに伴って、為替レート(スポットレート)が円安になっていることがわかります。
【図表4:スポットレート、日本と米国の10年国債利回りの日次推移】
一方、2021年12月末から2022年7月末までの、スポットレート(左軸)、フォワードレート(左軸)、金利差(日本と米国の10年国債利回り:右軸)の日次推移を示したものが図表5です。
日米金利差が拡大しても、フォワードレートはスポットレートほど円安になりません。具体的には、金利変動(日米金利差は1.8%変動)によってスポットレートの変化は約25円/米ドルであるのに対して、フォワードレートの変化は約10円/米ドルです。
【図表5:スポットレート、フォワードレート、日米金利差の推移】
2021年12月末から2022年7月末までの市場トレンドとして、スポットレートは金利変動に強く反応を示すものの、フォワードレートは金利変動にそれほど反応しなかったと言えるでしょう。
2021年12月末から2022年7月末において、金利差の最大値は約3%、スポットレートの最大値は約140円/米ドルでした。仮に、10年のフォワードレートが95~105円/米ドルとするならば、金利差に応じてスポットレートの上限・下限は図表6のようになるはずです。
この仮定が正しければ、スポットレートが150円/米ドルになるのは金利差が3.5~4.0%、スポットレートが160円/米ドルになるのは金利差が4.0~5.0%となるでしょう。
たまに「すぐに200円/米ドルまで円安が進むのではないか?」と考える方がいますが、米国10年国債金利が7~8%水準まで利上げしないといけなくなるので、当面はないと思います。
【図表6:金利差と想定スポットレートのレンジ】
ここまで、為替相場を金利から推測するアプローチを説明しました。
為替相場はさまざまな要因で決定されているため、残念ながら金利から為替レート(スポットレート)を正確に計算する方法はありません。
ただし、為替について正しい知識を有していれば、たとえ為替レートを正確に予測できなくても、近い水準を推測できるのではないでしょうか。
なお、今回説明した内容をもっと詳しく知りたい方は、下記の書籍をご覧ください。
著者:山下 章太(やました しょうた)
公認会計士。
神戸大学工学部卒業後,監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ),みずほ証券,東京スター銀行を経て独立。
独立後は,評価会社,税理士法人,監査法人を設立し代表者に就任。その他,投資ファンド,証券会社,信託会社,学校法人などの役員を歴任し,現在に至る。
[主な著作]