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立ち上げた頃の思い|サステナビリティ開示にも対応! VUCA時代の内部統制(第4回)

本連載は、内部統制報告制度(JSOX)導入時に筆者らが執筆した『内部統制におけるキーコントロールの選定・評価実務』(中央経済社、2010年)の中の「経営者に宛てた18のコラム」を引用して、そこで述べた内部統制の本質的な考え方が10年経っても変わっていないことを確認しつつも、この10年で変わったことが何であるかについて補足して解説します。
なお、本連載の『  』書きは、同書からの抜粋です。また、本連載の意見にわたる部分は、筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではありません。

これまでの連載(第1回第2回第3回)では、内部統制は組織存続のために不可欠な仕組みであり、誰かに強いられるのではなく主体性・自律性が求められるものであることを説明するとともに、そのような性質を持つ内部統制と、コーポレートガバナンス、気候変動等のサステナビリティ課題、そして、財務情報・非財務情報の開示との関連性を解説しました。今回からは、内部統制の6つの基本的要素の解説を行います。最初は、6つの中で最も重要といわれる「統制環境」についてです。

1 あなたが社長だとしたら

『あなたが創業社長だとしたら、何のために会社を立ち上げましたか。創業理念は何ですか。それらが現在の会社の雰囲気やカルチャーに影響を与えているかもしれません。
また、あなたが次世代に会社を引き継がせるとしたら、会社の何を引き継がせたいですか。一方、あなたが,先代から会社を引き継ぐとしたら、会社の何を引き継ぎますか。

当然、会社が所有するヒト・モノ・カネ・情報等を引き継がせる、または引き継ぐことになるでしょうが、そこには、長年の事業活動によって形成された、その会社独特の雰囲気やカルチャーも含まれるはずです。

たとえば、「うちの会社は営業中心の体質だ」とか、「うちの会社にはどうも最近官僚的な体質が出てきた」といった場合の「体質」に当たるものがそれです。これらは空気みたいなものであり、会社の中にいれば明確に意識されないかもしれません。しかし、公認会計士として色々な会社にかかわってきた私の経験から言っても、それぞれの会社にはそれぞれの会社の雰囲気やカルチャーが必ずあります。』

2 会社の雰囲気やカルチャー(気風)はどのように形成されるのか

『あなたの会社の雰囲気やカルチャーを意識するために、それらが、会社の創業から成長局面において、どのように形成されるかを見てみましょう。

どんなモノでもつくられたモノには、作り手の「思い」が込められています。つくるという行為自体が、思いを形にする行為だからです。ヒトの集団である会社も、創業者の思い(創業理念)によってつくられたはずです。創業理念は、創業時に提示されることもあれば、提示されないこともありますが、創業者の日常の言動を通じて社内に伝えられ、創業者と創業メンバーに共有され、初期の発展段階を通じて組織全体に深く浸透して、その会社独自の雰囲気やカルチャーを形成する核となります。
ただし、創業理念において、創業者の「思い」は明確ですが、創業当時では、組織の基本的な人事、職務制度については不安定である場合が多いでしょう。

その後、事業で実績を上げ始めると、経営者(筆者注:創業者)の「思い」がトップ・ダウンの形で経営方針として明確にされて具体的な経営戦略が策定されます。そして、経営戦略に対応する形で会社の基本的な人事、職務の制度が形成されていきます(反対に、組織が戦略を規定するという考え方もありますが、創業時の企業では、戦略が組織を規定すると考えたほうが実態に合っているでしょう)。経営戦略および組織の基本的な人事、職務制度が明確になる頃には、これらの独自性を反映する形で会社の雰囲気やカルチャーが形成されます。

このようにして形成される、組織に見られる雰囲気やカルチャー、それらに基づく行動、および当該組織に固有の強みや特徴を、内部統制基準等では「気風」と呼んでいます。なお、その形成過程からもわかるとおり、「気風」は組織の最高責任者の意向や姿勢を反映したものとなることが多いといわれています。』

前置きが長くなりましたが、内部統制の1つ目の基本的要素は「統制環境」です。「環境」とつくだけに、組織を「取り囲むもの」であるため、統制環境は、組織の「気風」を決定し、組織内のすべての者の統制に対する意識に影響を与えます。たとえば、会社の最高責任者の意向や姿勢、従業員等の価値観、そして人事・職務の基本的制度等、すなわち、会社の経営基盤をイメージしてください。

3 創業理念とパーパス経営

JSOX導入時に、それまでなじみがない概念であった「統制環境」を解説するために、拙著(上記に引用したコラム)では「創業理念」にさかのぼって「統制環境」(会社の経営基盤)を説明し、それが「気風」へとつながるというストーリーを示しました。この考え方は、近年注目を集めるパーパス経営と共通点があります。

パーパス経営は、ESG(Environment:環境・Social:社会・Governance:ガバナンス)やSDG‘s(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)と同じく、会社が事業活動として社会の課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値も創造するという現在の国際的な会社経営の潮流の1つであり、イギリス・ロンドンに本拠を置く世界的な一般消費財メーカーであるユニリーバが採用したことで有名です。同社の日本法人であるユニリーバ・ジャパンのホームページでは、次の説明文が掲載されています。

私たちのパーパス(目的・存在意義)は、「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」することです。
それは、私たちが会社に来る理由です。それは、私たちがビジネスを行う理由であり、卓越した業績を支えるものです。
私たちの歴史は、1883年、英国で石鹸「サンライト」を発売したことから始まりました。それは先駆的で革新的な製品であると同時に、明確なパーパスを掲げていました。それは、「清潔さを暮らしの“あたりまえ”に」するということです。その想いは、ユニリーバが400を超えるブランドを有するようになった今も「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパスの中に受け継がれています。
私たちは地球と社会にとって「害をなさない」だけでなく、「よいことをする」企業でありたいと考えています。私たちは世界が直面している社会・環境の課題に対してアクションを取り、ブランドを通じて人々の暮らしをより豊かにしていきたいと願っています。(中略)
私たちは120年以上にわたり、パイオニアであり、イノベーターであり、未来をつくるビジネスであることを追及してきました。これからもその想いは変わらず、よりサステナブルなビジネスのリーダーであることを目指します。

(出所)ユニリーバ・ジャパンホームページ(https://www.unilever.co.jp/our-company/?navids=tcm:1291-64474-4,tcm:1291-64608-4

ユニリーバでは、パーパス(目的・存在意義)を「統制環境」の一部と位置づけたうえで、「創業理念」にさかのぼって、パーパス(目的・存在意義)を含む「統制環境」(会社の経営基盤)や、会社の構成員を望ましい方向に導く「気風」へとつながるように、ストーリーを展開しているように思われます。

4 信頼性のある財務報告の再定義

事業活動による社会的価値と経済的価値の同時達成を目指す近年の会社経営のトレンドの中で、パーパス経営の重要なエッセンスの1つは、「創業理念」によって他との差別化を図る点です。先ほど参照したユニリーバは、「創業理念」に基づくパーパスを単に掲げているだけではなく、それを核にした長期的な視点からビジネスを構築し、実績を残しているので、パーパス経営のベスト・プラクティスとしてよく取り上げられています。

内部統制基準等によれば、内部統制は、4つの目的と6つの基本的要素のフレームワークで定義されますが(※1)、具体的に内部統制をどのように整備し、運用するかについては、個々の組織が工夫していくべきものであるとも説明されています。「創業理念」は、会社独自の場合が多いでしょうから、会社の置かれた状況や実態に即した内部統制を整備、運用するうえで役立つはずです。また、経営戦略上も他社との重要な差別化要因となることは、ユニリーバの例で実証されています。

(※1)「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(いわゆる「内部統制基準」)では、内部統制とは、基本的に、❶業務の有効性及び効率性、❷財務報告の信頼性、❸事業活動に関わる法令等の遵守並びに❹資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスをいい、①統制環境、②リスクの評価と対応、③統制活動、④情報と伝達、⑤モニタリング(監視活動)及び⑥IT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成されるとされている。


ところで、内部統制の4つの目的の1つである「信頼性のある財務報告」は、どの上場会社にも当てはまる抽象的な目標ですので、もっと会社の置かれた状況や実態を反映した言葉で捉えなおしてみてもよいのではないでしょうか。「創業理念」に基づいて、「信頼性のある財務報告」を会社独自に再定義し、それを経営方針や経営戦略と結びつけてストーリーを展開することが、形式的なJSOX対応から脱却する有効な方法の1つではないか、とパーパス経営をヒントに考えました。

「信頼性のある財務報告」について、これまでの私の監査・保証業務とアドバイザリー業務の経験や、会社を取り巻く昨今の状況から考えてみると、「創業理念」に関連づけるとまではいきませんが、「会計処理と開示と内部統制をつなげて考える」といった再定義がありうるかもしれません。さらにいえば、近年では一昔前と違って、処理が曖昧だった論点も含め会計基準が整備されており、また、持続的な成長等の観点から組織の内と外とで理解しやすい開示も求められ、さらには、内部統制とコーポレートガバナンスの考え方が一般に浸透してきているのだから、権威や職位・職階ではなく、「ナレッジ(知見とノウハウ)をベースとしたコミュニケーションを組織の内と外とで行う」ということになるでしょう。

図表 信頼性のある財務報告のストーリー展開(例)

信頼性のある財務報告のストーリー展開(例)

なお、財務報告に対する信頼だけでなく、会社自体に対する信頼を得るためには、財務報告リスク(※2)のみならず、事業上のリスク(※3)に対する経営方針および経営戦略を含む内部統制を構築し、整備・運用することが重要になります。会計処理と内部統制の内容を会社が開示し、開示を通じて形成される会社に対する投資家の信頼が株価に反映されることを想像すれば、社内のどなたにとっても、会計処理と開示と内部統制をつなげて考えることが重要であるとわかるのではないでしょうか。

(※2)財務報告の重要な事項に虚偽記載が発生するリスク
(※3)企業目的の達成や戦略の遂行に悪影響を及ぼしうる重大な状況、事象、環境および行動の有無に起因するリスク(監査基準報告書315第11項(7)参照)

本連載では、「信頼性のある財務報告」を実現するために、会計処理と開示と内部統制をつなげて考える具体的な方法とその際に必要となるナレッジ(知見とノウハウ)を、内部統制の基本的要素と関係させて解説します。自社の「信頼性のある財務報告」を、会社の置かれた状況や実態を反映したものに再定義するための第一歩として、あるいは、たたき台として、本連載を活用していただければ幸いです。

次回は、統制環境の具体例とともに、その中で一番大切と考えられるものを解説します。

筆者略歴

高田 康行(たかた・やすゆき)
公認会計士。会計に加え、内部統制・コーポレートガバナンスと開示が専門分野。2022年2月にMazars有限責任監査法人に入所し、主に上場企業に対する監査業務に従事するとともにナレッジ・コミュニケーション推進室で活動している。主な著書に『収益認識のポジション・ペーパー作成実務 開示、内部統制等への活用』(2021年7月)、『内部統制におけるキーコントロールの選定・評価実務』(共著、2010年6月)がある。

法人紹介

Mazars有限責任監査法人
グローバルに展開する日系上場企業への監査を主な得意分野とする、国内Top20規模の中堅監査法人。世界中に44,000人以上の構成員を有するMazars のワン・ファーム・コンセプトのもと、90か国以上にわたる広範かつ強固なパートナーシップに基づき、グローバル対応能力に長けた経験豊富なプロフェッショナルが、シームレス、かつ、深度のある監査・保証業務を提供している。

バックナンバー

第1回 そもそも内部統制とは
第2回 「改革」のたびに注目される内部統制
第3回 内部統制は身近なものである