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Webの進化に追いつけない“裏側”のデジタル化 |【連載】メタバース・ビジネスの歩き方(第5回)

こんにちは。中央経済社note編集部会計実務担当です。
東京大学が「メタバース工学部」を開設するなどニュースに事欠かないメタバースですが、この東京大学の試みもその狙いは「DX人材の育成」にあるそうです。今回の連載でも、Webは「1.0」から「3.0」へ進化して世の中すべてがデジタルになったと勘違いしそうになるけれども、実際それらのサービスを支える業務処理はアナログで、そこに非効率が生じているといった問題を取り上げています。それがメタバース“ビジネス”を考えるうえでも非常に重要なポイントになるかもしれません。

さて、昨今ではメタバースの延長線上で「Web3.0」という概念についての議論が活発に行われています。
そこで今回は、「Web3.0」を考える前に、「Web1.0」「Web2.0」へとどのようにWebが進化してきたのか、その歴史を辿り、それらを踏まえたうえでメタバースや「Web3.0」ビジネスを行ううえで求められるものを考えていきたいと思います。

「Web 1.0」と「Web 2.0」を振り返る

「Web1.0」とは、インターネットの黎明期において主にHTMLを用いて各社がWebサイト(ホームページ)を作成したり、ブログや掲示板など情報を検索したり共有したりするための手段として使われていた頃の状態です。e-mailアドレスを名刺に印刷することが一般的になり、各社が競ってWebサイトを作成しました。もちろん当時はWebサイトを作成する技術者も不足していたため、インターネットの世界での起業がブームとなり、新しいビジネスモデルが模索され始めた時代のことだと考えられます。

図1:「Web 1.0」から「Web 2.0」へ

(出所)著者作成

あくまでも私見ですが、「Web2.0」は「Web3.0」が話題になったことで脚光を浴びた抽象的な概念でもありますので、いつから登場といった明確な区切りは存在しないと考えられ、境界線をどこに引くかは非常に難しいところです。私個人の考えでは、裏側の業務処理がフロントのWebサイトを支えていて、商品の検索、受注から、出荷手続、請求・決済までの一連の流れをすべて連携して動かすことができる仕組みがあって初めて「Web2.0」のビジネスだといえると思います。このように「Web1.0」と「Web2.0」がどのように進化してきたのかを振り返ることで、これからメタバースや「Web3.0」がどこに向かいつつあるかがおぼろげながら見えてくると思います。

インターネットの誕生(「Web1.0」)

「Web 1.0」 とはインターネットが開発され、普及し始めた頃のことを指しています。それまでは、図書館に行って膨大な書籍の中から探さなくては見つけられなかった情報が、インターネットとブラウザを介して、誰もがWebサイトを閲覧したり、ネット上の掲示板に簡単に書き込んだりすることができるようになりました。

いわゆるe-businessという言葉が発明された頃であり、Windows95が世に出ることで、パソコンを持つ誰もが簡単にインターネットにつながることができるようになりました。インターネットビジネスが新しい市場として脚光を浴び、雨後の筍のように多くのIT企業が創業され、現在の世界の時価総額の上位を占める企業も輩出しました(表1)。

表1:巨大IT企業の誕生

(出所)各社ホームページより著者作成

巨大IT企業の代名詞ともいえるGAFAをみると、AmazonとGoogleはまさにこの頃に創業されています。Apple の創業自体は1976年と、少し時代をさかのぼる必要がありますが、85年に同社を去ったスティーブ・ジョブスがAppleに戻ったのが96年、iMac を発表したのが98年でした。一方で、2004年創業のFacebookは、「Web1.0」ではなく、「Web2.0」の時代に生まれたといえるでしょう。

2001年にインターネットバブルが弾けることで株価の上昇は一旦落ち着きましたが、その後も様々なインターネット使ったビジネスが開発されました。

日本でも1999年にi-mode(NTTドコモ)が発表されて、様々なサービスが始まり、大ヒットしました。i-modeについて特筆すべきは、パケット通信によるデータ量に応じた定額制の課金を導入し、ある意味で常時接続的な通信スタイルを実現したことです。
それまでのパソコンを用いたインターネットは、通信時間に応じた時間課金制であり、長時間接続することはなかなかできませんでした。また、定額制が導入される前も同様に、画像・動画などの大きなデータを頻繁にやり取りすることは難しい状況でしたが、この新たな課金制度によってそれが可能になりました。ですから、携帯電話で写真を撮ってメールで送るという文化が始まったのもこの頃です。ドコモと競合するJ-PHONE(現・ソフトバンク)が2000年に写メールというサービスを世に送り出すと、各社が同様のサービスを開始したのです。

このほかにも、メール機能の強化により送受信できる文字数が大幅に増えたことや、現在でいうところのアプリストア的な独自コンテンツの豊富さなどもi-mode大ヒットの要因だと考えられます。とはいえ、i-modeは、あくまでも携帯回線の中の限定的な世界であったことも事実です。そのi-modeの強みを徹底的に研究して開発されたとも言われているのが、iPhoneです。

スマートフォンによるインターネット社会の深化(「Web2.0」の加速化)

2007年に「電話を再発明する」と言って発売されたiPhoneによってすべてが変わりました。パソコンがなくてもインターネットに接続できる、しかもそれは手の平に収まり、持ち運ぶことができ、いつでも、どこでもアクセスできる――その利便性にユーザーは熱狂し、スマートフォンが急速に普及したのです。

その中で、AppleのiPhoneとGoogleのAndroidの二極化が進み、共通のプラットフォームが出来上がりました。アプリストアというサービスが提供されるようになると、世界中の開発者がiPhone向け、もしくはAndroid向けのアプリケーションを開発するようになりました。Appleの発表によれば、2019年末までに登録デベロッパーの数は2,000万人を超え、デベロッパーが得た収益は累計で15兆5,000億円以上とされています。

消費者にとって使いやすいアプリが増えてくることで、ますますiPhoneとAndroidの寡占化が進み、また、全世界共通の開発プラットフォームがあることで、同じアプリが世界中で使われるようになりました。一方で、ガラケーと呼ばれる固有のOSを持った携帯は廃れていきました。Facebookの運営会社であるMetaの2022年第1四半期決算ではFacebookのDAU(Daily Active User)は19億6,000万人と発表されていますが、スマートフォンとアプリストアの普及がなければ、これほどの拡大はなかったものと思われます。

今では、Webやスマートフォンアプリで様々なことが可能になりました。書籍の販売から始まったAmazonも食品から衣料品など身の回りのものはすべて揃う品揃えとなっており、家電製品など高額なものも躊躇せず購入することが一般的になりました。また、コロナ禍を追い風にUber Eatsが広く普及し、スマートフォンの画面をタッチすれば何でも家に届けてもらえる時代になりましたが、このようなシェアリングエコノミーサービスが可能となった背景に、スマートフォンの普及等によってインターネットにいつでもどこでも接続できるようになったことがあることは言うまでもありません。

インターネットにいつでもどこでも接続できるようになったことで、情報の出し手と受け手の線引きがなくなり、さらにはシェアリングエコノミーのようにサービス提供者と顧客の線引きすら明確ではなくなってきつつあります。そのうえ、そうしたサービスを管理するプラットフォーマーですら、ブロックチェーン技術の進展により不要になりつつあるとも言われています。まさに、こうしたWebサービスの新たなあり方が「Web3.0」に求められているものです。

「Web3.0」以前に解決すべきデジタル化の課題

ここまでWebサービスの進化を概観してきました。しかし、そのサービスを支える裏側の業務処理についてはあまり議論されることはありません。確かにインターネットビジネスが進化し、多くのビジネスがデジタルで完結されつつあるかのように見えます。しかし、特に金融の世界などではアプリからの操作だけでは終わらず、書類を印刷して郵送するプロセスがまだ多く存在します。規制の問題もありますが、サービス提供を行う会社側の業務プロセスの変更が追いついていないことも原因として挙げられます。

Webやスマートフォンアプリの画面を用意することは簡単ですが、その裏側の業務処理プロセスはなかなかデジタル化が徹底されにくいようです。しかし、実際に物やお金、情報を動かすプロセスがどれだけ効率化、自動化、無人化されているかによって、ユーザーへのサービスの質は大きく異なります。

少し前の話ですが、ある企業ではWeb画面からの申し込みをそのまま人が印刷し、後続のプロセスは通常の伝票入力業務と同じように処理を行い、最終的にまた人がWebに入力して顧客に結果を返すということを行っていました。
このような外側だけを繕ったデジタル化は、いくつもの弊害をもたらします。

1つは、現場の負荷が増えてしまうということです。デジタルへの対応は、既存の(アナログな)プロセスに追加された面倒な作業になってしまいます。できれば今のままの業務のやり方を踏襲したいのに、なぜこんな業務を追加でやらなくてはならないのか、現場の方々は疑問に思われていたのではないでしょうか。

出版業におけるデジタル対応の例で考えますと、通常の書籍の製作と並行して、デジタル版の書籍の製作が行われることが多くあります。入稿から編集、確認、出力までデジタルの仕組みで行ったうえで結果として出力する先が紙の書籍と電子書籍になっていることが望ましいプロセスですが、実際は、紙版の編集プロセスとデジタル版の編集プロセスを別々に行っている企業はまだ多くあります。アナログとデジタルのプロセスを統合せずにバラバラに行うことは、その分コストがかかり、収益に多大な影響を与えます。

2つ目の課題は、量に対応できないということです。デジタルの世界では実店舗のように列に並んで待ってもらうなどの形で店舗に入る人数を制限することができないため、爆発的に取引量が増えることがあります。サーバーの処理能力の限界も取り沙汰されますが、プロセスの中に一部でも人手を介する業務が残っているだけで、多大な取引量は処理できなくなり、結果として収益機会を逃すことになります。

3つ目は、スピードが上がらないということです。裏側の業務がマニュアル(人の手)であっても、フロント画面を見ている顧客からはそのようなことはわからず、単に結果が返ってくるのが遅いというだけです。デジタルで完結させている会社と画面だけデジタルを繕っている会社の2つの会社のサービスを比べたときに、同じような画面であるにもかかわらず、片方はすぐ返事があるのにもう片方は何時間か待たなければ回答が来ないとすると、どちらのサービスが選ばれるのかは、結果が明白だと思います。

UIやUXの議論を行う際には、ユーザーがボタンを押してからの画面のレスポンスも重要な検討項目ですが、結果を早く返すためにデータベースやプログラムのチューニングを一生懸命にやっても、裏側の業務との連携が必要になった場合には、それだけでは全く意味がありません。そこでは、純粋に業務処理のスピードが求められます。可能な限り、そのような処理が自動(無人)で行われるようにしなくては、ユーザーの求めるレスポンスを実現することはできないでしょう。

図2:デジタル化をバックオフィスまで徹底する

(出所)著者作成

顧客が求めるリードタイムというのは、単に画面上での処理時間のことではなく、そのサービスを受ける業務処理のトータルなリードタイムのことです。結局デジタルでの顧客体験を提供するサービスの成功を突き詰めて考えれば、フロントの小さな画面を支えるためにバックオフィス業務の効率化が急務になり、システムの大掛かりな刷新も必要になってきます。昨今はノーコードツールや先進的なパッケージにより、既存のシステムに手を加えて改修するよりも、新しいシステムで業務をゼロから作り直して、顧客もそちらに誘導するほうが、安全で効率的にシステムを移行できると考える企業も増えてきています。

昨今、メタバースで新しい顧客体験を提供していくことが求められていますが、現状は上述の金融機関の例と同じような状況になってしまうのではないかと危惧されています。メタバース上で3Dのキャラクターが商品説明をしていても、裏ではモーションキャプチャーなどを使って、人が演じているということもあります。モーションキャプチャーなどを活用することで、AI(機械)では代替できないような顧客体験の提供ができることもあるかもしれませんが、商品の注文・購入などの手続を同じやり方(人の手)で行うとなると話は別です。

3Dのキャラクターが接客するとなると、消費者はデジタルな取引を行っていると考えます。しかし、売り手(接客)側はあくまでも人が対応するアナログな処理で対応しています。この認識のズレが、思わぬトラブルを生むことも考えられます。たとえば、実店舗であれば「順番待ち」は当然ですから、前の客が説明を受けていれば、その間待つ必要があることを理解できます。しかし、バーチャル(デジタル)な店舗で消費者は「順番待ち」する必要があるとは思わないでしょう。

もちろん、販売する商品やサービスの内容によっても異なるでしょうが、デジタルなサービスの中では、消費者はスピードや効率を重視する傾向にあると考えられます。ゆっくり時間をかけて商品・サービスの説明を聞いたり、そのようにして買い手と売り手が信頼関係を築くことが重要になるビジネスもありうるかもしれませんが、そもそもそうしたビジネスがメタバースに向いているかどうかについては注意深く検討したほうがよいでしょう。

また、顧客の数が急に増えたときにも対応することは難しいでしょう。メタバースの中であっても、あえて並んで待ってもらう(行列を作る)こともできなくはないでしょうが、普通の商品やサービスの注文手続であれば顧客を「待たせる」ことは難しいでしょう。やはり基本的には、人が各々接客するのではなく、顧客が増えれば自動的に店員(デジタルヒューマンやAI、ゲームでいうNPCのような存在)も増え、瞬時に接客対応できるような、無人化を前提としたプロセスを設計すべきと考えます。メタバースをビジネスとして活用するには、商品・サービスを提供するための業務プロセスの革新が必要不可欠であり、業務プロセスからマニュアル作業を排除し、End to Endでいかに自動化・無人化を行ってていくかがポイントになると考えます。

著者略歴

東海林 正賢(しょうじ・まさより)
Jazzy Business Consulting株式会社 代表取締役
一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会 代表理事

新卒で外資系システムサービス会社へ入社し、新規事業開拓を担当。2015年にコンサルティング会社に転職。フィンテックに関する専門組織を立ち上げ、統括パートナーとして組織をリード。2021年に一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会を立ち上げ、代表理事に就任(現任)。2022年に独立し、Jazzy Business Consulting株式会社を立ち上げ、代表取締役に就任(現任)。

バックナンバー

第1回 メタバースが経済をつくる
第2回 メタバースでイベントを開催したい!
第3回 Play to Earn事例で考えるメタバースの収益モデル
第4回 メタバースを収益化するためには?

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