民主的なDAOが非営利法人を救う?|【連載】メタバース・ビジネスの歩き方(第8回)
前回は、Web3.0の1つの側面として巨大プラットフォーマーへの強い不満を指摘し、プラットフォーマーが持たないコンテンツを作る力が重要になること、そのためにMetaがメタバース事業に注力していることなどを解説しました。今回は、Web3.0に期待されるもう1つの側面として、「ガバナンスの民主化」を挙げ、深掘りしていきます。
DAOによる「ガバナンスの民主化」
DAOとは
現在、企業の多くは「株式会社」という組織形態をとっており、株主総会が取締役を選任し、経営全般については取締役会で決定されます。
現状の株式会社の仕組み上、意思決定に関わるためには株主になって株主総会で議決権を行使するしかありません。しかし、大勢の株主を管理したり、株主総会を行うための手続は煩雑で、誰もが簡単に株式会社を作って組織を運営できるわけではないのが現状です。
そこで、新たな組織形態として、DAO(Decentralized Autonomous Organization「分散型自律組織」)が注目されています。このDAOは「分散型…組織」といった言葉の響きから、組織がわらわらと分散(分立)しているようなイメージを持つ方がいらっしゃるかもしれませんが、そのようなわけではありません。ブロックチェーンの分散型台帳のインフラの上に構築される組織のことを指しており、そこでは、組織の意思決定権が誰か1人に集中しているのではなく、参加者全員に分散(分権化)しているといったイメージです。
ナウンズ(nouns)
例として、ナウンズというプロジェクトが挙げられます。
ナウンズでは、「noun」というNFTが24時間ごとに自動的に発行され、オークションにかけられます。アイコンも毎回似たようなテイストの絵が自動生成されます。「noun」はNFTとしてイーサリアムのオンチェーンに直接保存されます。「noun」が売れると、収益はその100%が「nouns DAO」のトレジャリーウォレット(DAOの共同ウォレット)に振り込まれ、次のオークションが始まります。もちろん取引は仮想通貨のみで決済されますので、銀行の口座を経由することはありません。
「noun」を購入した人は全員が「nouns DAO」のメンバーとみなされます。メンバーは何ができるかというと、「noun」1つにつき、1票の投票権を持つことができます。そして、トレジャリーウォレットに貯まった仮想通貨の使い途に関する投票に参加できます。
投票内容の例としては、どこかの慈善団体のウォレットに寄付するなどの提案がスマートコントラクトによって記述されており、YesかNoかを投票によって意思表示することができます。投票は「noun」を持っていなければできませんが、提案は「noun」を持っていなくても可能となっています。
「nouns DAO」の創業メンバーは「nounders」と呼ばれていますが、投票権は10%しか保有しておらず、不当に多くの権利を持っているわけではありません。ただし、新たな「noun」が発行されると10回に1回は「nounders」に配布されるため、必ず流通量の10%を保有する形となっています。
すべてスマートコントラクトで自動的に進められているために、自律した組織運営ができ、意思決定の民主化が可能といわれています。
しかし、「noun」自体が数百万円から数千万円で取引されており、一般の人が参加できる金額ではないことから、誰もが参加できる組織とはいえないという声もあります。
図1:nouns DAOの仕組み
DAOは「非営利法人」にこそ活きる?
私見ではありますが、DAOの仕組みは「株式会社」のガバナンス改革に用いるというよりは、「任意団体」や「非営利法人」の組織形態に適用するほうが向いているのではないかと考えています。
「非営利法人」とは、もちろん営利目的ではない事業を営む組織形態のことで、社団法人や財団法人が例として挙げられます。他にも、社会福祉法人や学校法人など、組織の目的によって様々な法人形態をとっています。それぞれの法人のガバナンスを規定した法律が存在し、意思決定の仕組みが明確に規定されています。
図2:法人の種類(例)
既存法人のガバナンスにおける課題
ただ、法律で規定されているからといって、そうした既存の法人において必ずしも民主的なガバナンスが実現しているとは限りません。
例えば、一般社団法人の場合は、会員により社員総会が開催され、会員の中から理事を選び、社員総会で決議されます。今度は選ばれた理事により理事会が運営され、様々な決議が理事会で行われます。また、対外的な意味合いから理事が外部から招聘されることもありますし、主たるスポンサー企業がある場合は、期間限定で就任する場合もあります。この場合、選ばれた理事と会員の間に意識の齟齬がなければ問題はありません。しかし、もし齟齬があった場合、次の社員総会で理事が解任されるまでは、会員の意思を法人の運営に反映することは難しくなります。理事という役職に就く人の人数は限られていますので、組織が大きくなればなるほど、理事と日々の活動を支えているメンバーの意見が乖離してしまう可能性が高くなります。理想的には、組織への貢献と意思決定の権限は役職という限られた枠で縛ることなく、常に連動することが望ましいでしょう。
もしこのような非営利組織でトークンを発行し、実際に組織に貢献した度合いによってトークンの配布基準を設定することができれば、ガバナンストークンの保有比率によって議決権を配分するような仕組みを作ることが可能になり、組織貢献度と意思決定権を比例させることができるようになります。結果的に、民主的な意思決定が可能なDAOが実現できるのではないかと考えます。株式会社では手間がかかりすぎて実現が難しいとされていた、民主的な意思決定ができる組織の運営が可能になります。
ボランティアと報酬
また、このような「非営利法人」においては、金銭的な対価があまり得られない中で、働く本人の「ボランティア精神」に依存してしまうという課題があります。海外の非営利法人では多くの収入を得ている人もいるようですが、国内の非営利法人で大きな報酬が得られるという話はあまり聞きません。基本的には、「社会を良くしたい」などの熱い想いから、大勢の方が無収入や低賃金で尽力されています。
しかし、どんなにやりがいがあっても、最低限の収入が保障されていないところに職を求める人は少なく、人材不足や人員の高齢化が大きな問題となっています。一例として、社会福祉協議会の資料(「全社協福祉ビジョン2020」)によると、民生委員と児童委員の年齢は90%以上が60代、70代です。地域課題解決の担い手となっているのが、定年退職後の方となっていることもその一因として考えられます。
児童の保護、高齢者のケア、家庭内暴力など多くの社会課題を、ボランティアの方々の、それも高齢のボランティアの方々の気持ちに依存して運営していくだけではやはり問題が多いといわざるを得ません。
社会貢献に報いるガバナンストークンの可能性
実はここにも、DAOや「Web3.0」の意義があると思っています。
例えば、社団法人を設立する代わりにガバナンストークンを発行し、ボランティアに従事する人たちに配布します。ボランティア活動に従事すればするほど、多くのガバナンストークンが配布されます。ガバナンストークン配布の基礎となるボランティア活動の実績評価について、どのようなKPIや評価枠組みにするのかは別途検討が必要ですが、
このガバナンストークンを保有することで、ボランティア活動の運営に対する発言権が得られるようになります。
ただし、それだけでは十分なメリット(あるいは報酬)とはいえません。ガバナンストークンに金銭的価値が付与されることが次の課題です。例えば、このDAOの活動によって社会課題の解決が進んでいることが認められた場合、自治体から補助金として還元してもらうことや、企業や個人から寄付金を集めるなどの収入を得て、得られた報酬をガバナンストークンの保有比率に応じて配分することなどが考えられます。
こうしたスキームが成り立てば、ガバナンストークンを保有することでDAOの運営に対する意思決定権と年次の配当が得られることになるだけではなく、設計次第ではそうしたトークンの二次流通が始まることによって、ガバナンストークンにさらなる付加価値が生まれることも可能になるかもしれません。
特に、社会に貢献しているDAOについて、そのガバナンストークンに対する投資が、ESG投資の一環として広く普及するようになれば、トークンに金銭的な価値が生まれ、二次流通への道が拓けます。そうすれば、ボランティア活動に従事していた人たちも、自分の保有するトークンを販売して金銭的対価を得ることができます。
このようなスキームができるまでにはまだ時間がかかると思いますが、DAOによって社会が良くなる仕組みを作っていくための施策は、技術的には可能と考えられます。
著者略歴
東海林 正賢(しょうじ・まさより)
Jazzy Business Consulting株式会社 代表取締役
一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会 代表理事
新卒で外資系システムサービス会社へ入社し、新規事業開拓を担当。2015年にコンサルティング会社に転職。フィンテックに関する専門組織を立ち上げ、統括パートナーとして組織をリード。2021年に一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会を立ち上げ、代表理事に就任(現任)。2022年に独立し、Jazzy Business Consulting株式会社を立ち上げ、代表取締役に就任(現任)。
バックナンバー
第1回 メタバースが経済をつくる
第2回 メタバースでイベントを開催したい!
第3回 Play to Earn事例で考えるメタバースの収益モデル
第4回 メタバースを収益化するためには?
第5回 Webの進化に追いつけない“裏側”のデジタル化
第6回 岐路に立つNFTビジネス
第7回 Web3.0、脱プラットフォーマー、そしてメタバース