見出し画像

行政書士DXによる業務の変容|【連載】行政書士DX:自由と規制の問題(第2回)

1 行政書士DXの詳細

(1) 建設業許可申請業務等の電子申請化

2023年1月から、一部の自治体を除いて、建設業許可申請業務等の電子申請の運用が開始されました。これは具体的には、建設業許可業務と経営事項審査業務を電子化するものです。
建設業許可申請業務等の電子申請化は、国レベルの行政DXの1つの形ですが、もちろんこれで終わりではありません。インフラの根幹となるものを1つ整備しただけにすぎません。
この行政DXの流れをいかに行政書士DXにつなげていくか。行政書士が中小企業支援を標ぼうするのであれば、行政書士としてきちんと意見を出さないといけません。量子コンピュータ実用化後の未来の青写真を提案するなど、システムを行政書士DXという形にするための意見を出さないといけないわけです。
こういった標準化の作業は、最初のたたき台作りで以後の流れがおおよそ決まってしまいます。意見なし、と述べるのも大切なことです。
前回述べたとおり、顧客がデータを入力して、行政書士がデータを加工し、「5秒」で行政庁に許可や評点計算に必要なデータが届く、そんな量子コンピュータ・AIを用いた青写真を描いています。
一方で行政庁は、顧客が入力したデータが、ダイレクトに「5秒」で本庁に届くのがよいと言ってくるかもしれません。それに対し、なぜ行政書士がこれまでどおり顧客と行政庁の間に介在する必要があるのかを説明できなければなりません。
その答えは、行政書士によるデータ加工がDXの効率性を高める、ということでしょうか。

(2) 遺言・相続のDX

遺言は、公証人等の関与はありますが、大部分は私人の領域での問題です。相続は、建設業許可申請業務等の電子申請化とは逆に、行政庁から必要なデータを得る作業が介在する業務です。
まずは、遺言から見てみましょう。顧客に必要なデータを入力してもらい、「5秒」で遺言書の作成が終わります。行政書士は、これまでどおりデータ入力時に、最終意思ということを顧客に理解してもらえるようサポートします。最終意思の確認には遺言書に動画を添付するなどすればよいでしょう。AIに遺言書を作ってもらえば、人間が作成する以上の遺言書ができるかもしれません。そして、出来上がった遺言書を法務省の申請用総合ソフトを通じて公証人に公正証書にしてもらうという作業の流れです。

次に、相続を見てみましょう。行政書士の量子コンピュータから行政庁に対して必要なデータを請求します。その際、行政書士には相続関係書類の専門家としての責任が伴うことはいうまでもありません。職務上、請求書での責任担保の対象として、行政書士は相続業務に関与する必要があります。行政データを悪用する誘因が働くので、悪用を防止する仕組みも構築しなければなりません。
例えば、デジタル・テクノロジーを使い、遠隔で責任担保のチェックを行う、3D認証で職務上請求書を使うログインを行うなど考えることができます。金融DXの動向は、相続DXにおける不正防止の仕組みの参考になるでしょう。

(3) 農地転用のDX

土地家屋調査士の作成する3D図面(ドローンを使い遠隔測定した対象地を3D画面に加工したもの)のデータを入手し、自治体にデータを送信します。農地という不動産を扱うので、建設DXの動向が、農地転用DXにおいて大変参考になると思われます。顧客が入力したデータを行政書士が加工する点は、上述1(1)の建設業許可申請業務等の電子申請と同じでしょう。

(4) 契約書作成業務・産業廃棄物収集運搬許可のDX

契約書作成業務は、まさにDXが最も進んでいる分野といえるでしょう。弁護士との競合があることがその理由の1つです。
また、産業廃棄物収集運搬許可についてもDXが進むでしょう。

2 行政書士業務の変容

(1) 限界費用の下方シフト

行政書士DXにより業務効率化が進むため、各業務における限界費用が下方シフトします。これは、行政書士業務の価格付け、すなわち報酬に影響を与えます。そのため、行政書士の業務についての考え方にも大きな影響を及ぼします。

(2) 報酬を下げると利益が伸びる

ここでは、公益的要素を抜きにして報酬決定について考察してみます。
行政書士の直面する市場は、完全競争市場ではなく、独占的競争市場です。サービスの差別化により、一定の価格決定権が市場において与えられているのです。
ここでは、建設業許可申請業務を例にとります。建設業許可申請業務を提供するにあたって、その費用面において、行政書士DXが進めば限界費用が下方シフトします。そのため、価格を下げると利益が伸びることになります。価格を下げる、すなわち、報酬を下げると利益が伸びるということが起きるのです。これはきちんとした理論的支柱のもと生じる現象です。建設業許可申請業務に対する行政書士の発想が転換することでしょう。

(3) 現実の報酬決定の場面

現実には、建設業許可申請業務は、純粋な経済現象ではなく公益的業務です。そのため、限界収入=限界費用のところで利益が最大になるわけではありません。
行政書士の建設業許可申請業務における報酬決定要素を列挙してみます。
まず、上述の限界費用の動向です。つまり、サービスを1つ提供することに要する費用です。これは、事務作業量や通信費用などに比例します。
次に、コンサルティング料を含む、許可取得後の伴走費用や責任費用などにも比例します。これらを総合して報酬が決まることになります。
ただし、やはり一番大きな決定要素は、限界費用の動向でしょう。この点、経営事項審査業務や遺言・相続業務、農地転用業務などは、行政書士DXが進めば共通して限界費用が下方シフトすることになるので、軒並み報酬が低下します。ただし、利益はその分伸びるという仕組みです。

(4) 経営課題に対するコンサルティングへの要望

行政書士業務の変容は、報酬にまつわる問題だけではありません。中小企業を支援するにあたり、イノベーションの洗礼を受けた経営者からの将来の経営課題に対するコンサルティングへの要望が高まることが予想されます。
こうした要望の高まりのきっかけは、やはり量子コンピュータです。量子コンピュータの実用化にあたっては、セキュリティの構築が必要となります。セキュリティを構築しない企業は、パソコン環境の面等から経営不能に陥ります。
これはどういうことかというと、量子コンピュータは、これまでは解読不可能だった暗号を解読することができるといわれているからです。現在は、ハッキングされたとしても古典コンピュータでは暗号を解読できないため、セキュリティが保たれています。しかし、量子コンピュータを使えば、この暗号が解読され、現在のセキュリティは役に立たなくなってしまうのです。そのため、量子コンピュータの登場以降、ビジネスを継続するには、セキュリティのグレードアップが必要になるといわれています。

このような経営課題に直面した経営者は、セキュリティのための資金が新たに必要となること、また、技術的な認識を向上させる必要があることを理解します。そのため、高度イノベーションが進む社会での経営について、行政書士による課題へのコンサルティング需要が高まることになるでしょう。現在のデジタル・ディバイドの解消のため、電子申請にあたってはコンサルティング需要が高まっている部分がありますが、これにとどまらないのは火を見るよりも明らかです。
また、コンサルティングの対象には、顧客はもちろんのこと行政庁も含まれると考えてください。そうすると、行政書士が自己の生産性を高める必要があることが、より具体的に認識できるのではないでしょうか。

今からでも遅くはないので、量子コンピュータ時代の到来によるセキュリティアップグレードへの資金需要に備え、銀行と良好な関係を築くことや貯蓄をしておくことを、コンサルティング先へお勧めしてみましょう。また、確保すべき人材も現在とは異なってくるので、この点に備えることも必要です。

今後も、行政書士の本来業務として、強く安定した許可取得を行うことができるとしても、本記事でお伝えしたようなことを意識することで、提供できる支援の幅が広がっていくでしょう。

バックナンバー

第1回 なぜ行政書士はDXをしないのか

著者略歴

林 哲広(はやし・あきひろ)
行政書士林哲広事務所 代表
九州大学大学院修了(経済工学)、国家公務員Ⅰ種試験経済職合格。
デジタル関係、規制、AIの研究を続け、行政書士ひいては士業業務のこれからの展開に関心を寄せている。
著書に、『改訂版 知財関連補助金業務の知識と実務-補助金・助成金を活かした知財経営-』(経済産業調査会、2022年1月)、『知的財産権の管理マニュアル』(追録)(第一法規、2022年12月)がある。