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【著者解説】中小企業は日本の砦(第1回)

中小企業経営者のみなさんが、自社の経営を考える際に役に立つ書籍『中京経済圏モノづくり中小企業の生き残り戦略―自動車部品・金型メーカーに学ぶ』。著者の村山貴俊さんによる全3回のnote連載です。

なぜ中小企業の研究が求められるのか

本著では、資源の乏しい中小企業が、激しい競争の中で、どのように生き残るのかというテーマを扱っています。大企業の視点から見れば、中小企業は数ある小さな取引先の1つに過ぎません。しかし、それらの中小企業が存在しなければ大企業は自社の製品やサービスをお客様に提供することもできません。2011年の東日本大震災の際、東北の中小企業が被災したためモノづくりのサプライチェーン(供給網)が寸断し、大企業の生産がストップしたことを記憶している方も多いと思います。
見方を変えれば、図1のように、中小企業は大企業さらに日本経済を支える基盤であり、中小企業の存続と成長なくして日本経済の成長は実現できないのではないでしょうか。その意味で、モノづくり中小企業は、本書の推薦文(伊藤澄夫中京大学特別栄誉客員教授)にもあるように「ニッポンの砦」ともいえますし、経営学の重要な研究対象です。

図1 中小企業は、大企業さらに日本経済を支える砦

中京経済圏の自動車部品・金型メーカー5社

本書では、激しい競争や厳しい取引条件の中で生き残ってきた中京経済圏(主に愛知および岐阜、三重、静岡の一部を含む地域)に本社をおく自動車部品・金型を製造する中小企業を分析対象とし、中小企業の存続と成長に欠かせない戦略的視点を示します。

まず、第1回と第2回の連載では、本著で取り上げたモノづくり中小企業5社の特徴を簡単に紹介していきます。各社の概要は以下の表1の通りです。

表1 分析対象の5社

第1章 伊藤製作所
高い技術力と経営者のリーダーシップ


  • 三重県四日市市に本社をおく自動車部品の精密プレスメーカー。順送金型製作から順送プレスメーカーに。順送は、単発と比較して高い生産性を有する

  • さらに、板鍛造などの新技術で後工程(旋盤、切削、ドリル加工)の作業も1つの金型の中に取り込み、強いコスト競争力を構築。加工忘れがなくなり品質も向上

  • VE/VAを通じた優れた提案で取引先に貢献し、より良い条件=量産部品の新規受注に結びつける。量産部品こそが同社の独自の生産体制=段取り替えレスを支える条件

  • 成長したフィリピンの技術者たちがインドネシアを拠点の立ち上げを支援

  • 経営者の強力なリーダーシップと資源の組合せのバランス(組織能力)


伊藤製作所は、三重県四日市市に本社をおく自動車部品の精密プレスメーカーです。プレス技術の中でも、特に生産性が高く、高度な設計能力が求められる順送プレスを用いています。更なる生産技術の革新を進めており、図2のようなプレスの後工程にある旋盤、切削、ドリル加工などを金型に取り込み一体加工できる板鍛造(ないしは順送プレスによる冷間鍛造)という高度な技術にも取り組んでいます。

図2 工程統合を可能にする生産技術

バリュー・エンジニアリング(VE)に基づく提案活動に積極的に取り組み、生産数量の多い量産部品の獲得に成功しています。それら量産部品を専用プレス機で加工することで、金型の段取り替えを行わない「段取り替えレス」という生産方式を採用して省人化の実現にも成功しています。
海外事業にも積極的に取り組み、フィリピンとインドネシアに事業拠点を設置しています。インドネシアの拠点を立ち上げた際には、フィリピン人の技術者がインドネシアの従業員の教育を担当するなど、拠点間での協力体制が整備されています。また、日本国内で金型設計が忙しい時には、設計業務の一部をフィリピンの技術者に任せることで、より多くの仕事を受注することが可能になりました。

図3 資源の繋がりと経営者のリーダーシップ

同社の経営で最も注目すべきは、伊藤澄夫社長(現、会長)のリーダーシップです。伊藤社長は、社長に就任した直後に同社の進むべき道を明確に示し、その実現に向けて継続的な投資を実行してきました。資源や能力の構築を進め、図3のような資源の複雑な繋がりをうまく調整し、品質を前提とした圧倒的なコスト競争力を構築してきました。
伊藤澄夫社長は、自分は中小企業の親父に過ぎないと仰っていますが、自社に有利なポジションを見抜く洞察力、それを効率的かつ効果的に実現する能力に秀でており、まさに「親父の仮面をかぶった戦略家」と称するのが適切です。
2022年には、ご子息の伊藤竜平氏が社長に就任しました。竜平氏は現在、若手の従業員たちと協力して生産工程のデジタル化(IoT、デジタルツイン)を進めるなど、次世代の競争に向けた新たな能力構築に取り組んでいます(2023年3月末の訪問調査より)。

第2章 明和製作所
積極的な海外進出で競争力構築


  • 三重県三重郡菰野町に本社をおくダイキャスト金型メーカー。超大型のダイキャスト金型を設計・製作できる3社の中の1社。残り2社は系列会社、明和のみ独立系。前社長いわく、アウトローな存在。前専務と前社長のリーダーシップのもと大型金型を設計・製作できる技術や資源に積極投資

  • 国内従業員数約80名ながら、タイ、インドネシア、中国、メキシコに4つの海外事業拠点を展開

  • インドネシアが収益面・能力面で同社にとって欠かせない拠点。インドネシアの従業員が、他拠点の新設備の導入を支援。メキシコの拠点の立ち上げも支援

  • 在外事業拠点および外国人従業員の多面的活用による競争力構築


明和製作所は、三重県三重郡菰野町に本社をおくダイキャスト金型メーカーです。特に、超大型のダイキャスト金型を製作できる3社の中の1社とされ、他の2社が系列企業であるのに対して、同社は独立系のメーカー(同社の前社長いわくアウトローな存在)です。前専務と前社長のリーダーシップのもとで、大型金型を設計・製作できる技術および資源に積極的に投資をしてきました。
同社の競争力の源泉は、技術力に加えて積極的な事業国際化にあります。国内従業員約80名ながら、タイ、インドネシア、中国、メキシコに4つの海外拠点を展開しています。取引先の自動車メーカーや1次の部品メーカーは、同社に金型を発注することで、進出先の海外市場でも同社の海外拠点から同じ金型を調達できるという利点があり、それが同社の新規受注の原動力になっています。

図4 海外事業拠点の多面的活用

同社の海外事業拠点は、能力面および収益面でも同社を支える存在になっています。中でもインドネシアの拠点は、リーマンショック以降、同社の収益を下支えしてきました。さらに、インドネシアの理工系上位校であるバンドン工科大学の卒業生を採用し、前専務の指導のもとでインドネシアの技術者たちが高い能力を修得し、いまや同社の日本本社を含む他拠点の新設備の導入を支援するまでになっています。図4のように、各拠点の能力をうまく融合することで、同社の競争力が生み出されているわけです。

第2回では、残りの3社の経営の特徴について解説していきます。

著者紹介

村山 貴俊(むらやま・たかとし)

東北学院大学経営学部教授
専門分野:国際経営論、中小企業論、経営戦略論、経営組織論、観光経営論
経歴や研究業績の詳細は、researchmap(村山 貴俊 (Takatoshi Murayama) - マイポータル - researchmap)をご参照ください。

第2回以降の予告

第2回 目次
第3章 名古屋精密金型 技術変化を先回りして好機をとらえる
第4章 半谷製作所 技術力と営業力の融合で危機を乗り切る
第5章 ナガラ 家電から自動車への事業多角化で成長

第3回 目次
中小企業の生き残りに向けた9つの戦略的視点
本書の使い方と学び方

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