見出し画像

【インタビュー】管理会計を使って、従業員の幸福を最大化する|話者:浅田拓史先生(大阪経済大学 情報社会学部准教授)|会計研究のフォアフロント

新進気鋭の会計研究者に、「なぜ研究者になろうと思ったか」、「どんな研究をしているか」、「これまでで一番おもしろかった発見」、「研究の将来展望」を聞いてきました。
読者のみなさんに「会計研究って面白い!」と感じてもらえることを目標に、勉強と研究の架け橋、実務と研究との架け橋になるようなインタビューをお届けします。たくさんの「スキ」がもらえれば定期連載できるかもしれないので、クリックしていただけると嬉しいです♪

浅田拓史先生(大阪経済大学 情報社会学部准教授)

会計情報の活用を学ぶ「福学地域連携プロジェクト」

編集部:まずは専門領域や大学で担当している授業などについて、簡単な自己紹介をお願いします。

管理会計のなかでも、マネジメント・コントロール・システムについて研究しています。もう少し具体的に言うと、異なる目的や目標をもったメンバーを、組織の目的・目標の達成に向けて動機づけるにはどうすればよいか、その仕組みづくりを研究しています。大学の講義では、原価計算論や1年生向けの財務諸表分析を担当しています。
ゼミでは、福学地域連携プロジェクトに取り組んでいます。

編集部:福学地域連携プロジェクトについて教えてください。

地域の16の福祉事業所と連携して、福祉事業所の商品を学生が販売したり、地域の幼稚園にカバンなどの入園準備用品をオーダーメイドするビジネスを展開したりしています。実際の販売活動を通じて、会計情報を用いたPDCAを楽しく学べるよう取り組んでいます。同時に福祉事業所の課題解決にも貢献することをめざしています。
福祉事業所にも種類があって、雇用契約を結ぶことができない障がい者の方が働く区分を就労継続支援B型といいます。ここで働いている方の時給は、令和2年の全国平均で222円とあまりにも低い状況です。ビジネスの視点で、この課題をどうにか解決したいと始めたのが福学地域連携プロジェクトでした。

画像左:ゼミで取り組んでいる「福学地域連携プロジェクト」の紹介冊子
画像右:紹介冊子にはマルシェの様子も

数字で人を動かす「管理会計」

編集部:そもそも、なぜ会計研究者になろうと思ったのですか?

難しい質問です(笑)
もともと数字には興味があって、その数字をもとに人を動かす「管理会計」ってどんな学問なのだろう、実務はどうなっているのだろう、というのはずっと気になっていました。手に職をつけたい思いから、公認会計士の資格試験にも挑戦して、大学院修士課程1年のときに合格しました。実際、監査法人の優秀な方がいるチームで、非常勤ではありますが一緒に監査の仕事をさせてもらいました。そこで、同僚がものすごい量の仕事を高い質でこなしているのを見て、勝ち目がないというかあきらめがついたというのはあります。ただ、公認会計士の資格をとったことは、万が一研究者になれなくてもつぶしがきくので、博士課程に進学するうえで大きな安心材料になったと思います。
もう1つ、学生時代のゼミの先生だった上總康行先生(現・京都大学名誉教授)が、いつも楽しそうに研究の話をするのを聞いていたことも大きかったですね。毎週のように飲みに連れて行ってもらって研究の話を教えていただくうちに、知らず知らず大学院に進学するものと思いこまされていたのかもしれません(笑)

自社に合うように管理会計をカスタマイズする

編集部:どのような研究をしてきたのか、かみくだいて教えてください。

管理会計には、アメーバ経営BSC(Balanced Scorecard)といった優れた技法がいくつもあります。企業もこういった技法を自社に取り入れようとするのですが、いざ導入して定着させようとしても失敗するケースが多いのですね。こうしたケースにかんして、優れているはずの管理会計技法がなぜ機能しないのか、機能するためにはどうすればよいかということを研究しています。学問としては、管理会計変化研究と言われています。

編集部:どうすればうまく企業に導入・定着させることができるのでしょうか。

優れた技法を単にコピーして自社に導入するのではなく、どうすれば自社に合うか工夫しながら導入することが重要だと考えています。つまり、創造性をうまく発揮して管理会計技法をカスタマイズする(変化させる)ことが必要です。
たとえばコマツのケースで見てみましょう。もともと標準原価計算を導入して、毎年毎年、工場では○%減といった厳しい工数削減をして標準を下げていました。努力して工数を減らしても、次年度にはさらなる削減が求められます。現場の担当者に聞くと、毎年新しい借金を背負うような状況で、モチベーションを下げていました。そこで、この標準の設定の仕方をカスタマイズしたのですね。経営危機に直面した際に直接原価計算の導入と同時に、前期に達成した実績値をベースに、それを標準に設定して、そこからどれだけ改善したかを見る方法に変えたところ、もともと現場改善能力が高いので、現場の納得感も得られて機能したというケースがあります。

優れた管理会計実践とは

編集部:これまでの研究のなかで最も面白かった発見は何ですか?

幸いなことに先ほど例に挙げたコマツに加え、村田製作所や日本電産といった素晴らしい企業の管理会計がどうなっているかを、集中的に調査をさせていただく機会に恵まれました。国内トップ企業の管理会計実践はとても奥深く、面白いことばかりでした。一方、規模が大きいために全体像がつかみにくいのも確かです。
最近、マルト水谷という名古屋の卸売業の会社を調査させていただきました。この会社の管理会計実践は、私が追い求めていた「優れた管理会計実践とは何か」という問いに、1つの答えを与えてくれるものでした。

編集部:どのようなものだったのでしょう?

マルト水谷はアメーバ経営(編集部注:組織を小規模のグループ(=アメーバ)に分けて、それぞれを独立採算で管理する経営手法)を導入して、現在はうまく機能しています。でも、そこに至るまでに相当苦労しているんですよね。当初2000年にアメーバ経営を導入して1-2年は瞬間風速的にうまくいきました。しかし、すぐに個々の従業員が目標を達成するためのアクションプランを作成しなくなったり、アクションプランを作成しても未達の状況が続くようになったりして、機能しなくなったのです。
その後、十数年を経てアメーバ経営を再度導入し直そうとなりました。このときはアメーバ経営に加えて、トヨタ生産方式を導入することで数字を改善するためのアクションプランを生み出す個人の能力を開発したり、他の従業員とアイデアやノウハウを共有する仕組みを作ったりと、他の仕組みも整備しました。これによって、アメーバ経営がうまく機能して、従来よりもすばらしいコントロール・システムが出来上がりました。
つまり、アメーバ経営を機能させるためには、それ以外の仕組み作りも同時に行ったほうが、それぞれが補完しあってうまくいく環境が整いやすいということが明らかになったのです。とても興味深い発見でしたね。

自律性や創造性を促す管理会計の仕組みを追求

編集部:今後、研究でどのようなことを明らかにしようと考えていますか。

管理会計分野でも、自律性などの基本的な心理欲求が満たされることで動機づけが高められると考える自己決定理論を使った研究が増えてきました。自己決定理論は、最終的に従業員の幸福(well-being)を最大化しようとする視点を持っています。
従来の大量生産・大量消費時代の管理会計は、決められたことを効率的に規律づけて行うにはどうすれよいかといったように、命令をこなす型のいわゆるコマンド・コントロールが中心でした。
一方、ここ最近は、労働力が希少資源になってきて、管理会計のコントロールの仕組みも変わってきました。管理会計そのものが変わり、従業員に気持ちよく働いてもらって、幸福を最大化することが大切になってきています。
そのため、管理会計研究でも、従業員の幸福を高めるためにどう貢献できるかを考える時期に来ているように感じます。アメーバ経営の調査でお邪魔したマルト水谷もそうだったのですが、うまくいっている会社で働いている方の顔って、生き生きしていたり、幸せそうに見えたりするんですよね。
今後は、従業員が自律的に動くことを助け、かつ創造性を発揮できるよう支援する管理会計の仕組み作りを追究することで、従業員の幸福を最大化するような研究をしていきたいと考えています。

(了)

話者略歴

浅田拓史(あさだ・ひろふみ)
大阪経済大学情報社会学部准教授。京都大学博士(経済学)。
専門は管理会計、マネジメント・コントロール・システム。
京都大学経済学部を卒業後、同大学院経済学研究科を経て2010年4月に大阪経済大学経営情報学部講師、2012年4月に同大学情報社会学部講師、2013年より現職。
主な著書・業績に『コマツのダントツ経営』(共著、中央経済社、2021年)、『次世代管理会計の礎石』(共著、中央経済社、2015年)、「コントロール・システムの停滞を克服する―マルト水谷のアメーバ経営の進化」『原価計算研究』(共著、2020年)など多数。

※所属は記事公開時点のものです。