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【インタビュー】会計が企業の経営をどう捉えているかを、実証分析で科学的に解明する|話者:井上謙仁先生(近畿大学経営学部 専任講師)|会計研究のフォアフロント


新進気鋭の会計研究者に、「なぜ研究者になろうと思ったか」、「どんな研究をしているか」、「これまでで一番おもしろかった発見」、「研究の将来展望」を聞いてきました。
読者のみなさんに「会計研究って面白い!」と感じてもらえることを目標に、勉強と研究の架け橋、実務と研究との架け橋になるようなインタビューをお届けします。たくさんの「スキ」がもらえれば定期連載できるかもしれないので、クリックしていただけると嬉しいです♪

井上謙仁先生(近畿大学経営学部 専任講師)

人との出会いと研究手法との出会いから、会計学者の道へ

編集部:簡単な自己紹介をお願いします

研究領域は財務会計で、そのなかでも経営分析企業価値評価についての研究をしています。
学部の授業では日商簿記2級、3級の範囲の簿記を教えています。

編集部:そもそも、なぜ会計学者になろうと思ったのですか?

理由は大きく2つあります。最初のきっかけは、大学生(学部生)時代のゼミの指導教官だった新井康平先生(現・大阪公立大学准教授)が、とても楽しそうに研究している姿を見て、「なんだか会計研究って面白そうだな」と感じたことです。
学部生では、甲南大学のマネジメント創造学部に在籍していました。会計の勉強をしたいと思い、新井先生のゼミに在籍しました。この新井先生との出会いが会計学者になる1つ目のきっかけになっています。

編集部:「楽しそう」にしていると、何をしているのか興味が湧きますよね。もう1つのきっかけを教えてください。

2つ目のきっかけは、大学院に進学後、「実証分析」の面白さに気づいたからです。実証分析とは、世の中の事象について、データを用いて検証する方法をいいます。会計では、会計数値を用いて統計的に分析するような研究手法です。例えば、会社の利益が上がれば株価が上がるというような関係を実際に公表されているデータから明らかにすることになります。
学部卒業後、大阪市立大学(現・大阪公立大学)の大学院に進学して、そこで指導教官となる石川博行先生の授業を受けました。そのときに、企業が公表したデータをもとに科学的に解析する実証分析に出会い、衝撃を受けました。世の中の現象を実際のデータから統計的な作法に基づいて分析し、それをエビデンスとして提示する研究スタイルがおもしろいと思ったのです。

企業の行動で変わる業績や株価を、科学的に捉える

編集部:現在はどのような研究をされていますか?

大学院生時代から継続して、日本企業のIFRS適用に関する研究を行っています。IFRS(イファース)は、各国で差異のある会計基準を世界的に統一しようという流れの中で生まれた会計基準で、世界約140ヵ国で利用されています(編集部注:IFRSはInternational Financial Reporting Standardsの略。正式名称は「国際財務報告基準」)。わが国でもIFRSは利用されていますが、日本の会計基準を適用するかIFRSを適用するかは、企業が選ぶことができます。日本では現在、250社ほどの上場企業がIFRSを適用しています。

編集部:IFRS適用に関する研究とは、具体的にどのようなものでしょうか?

日本企業がIFRSを適用した場合に、会計数値がその変化をどう捉え、会計の利用者にとってその変化した会計数値が有用であるのかという研究です。日本の会計基準とIFRSでは、異なる会計処理が求められるものがあります。その1つ「のれん」を例にとってみましょう。
企業買収では、企業の価値が100億円であるのにもかかわらず、実際には120億円支払って企業を買収するようなケースがあります。この差額の20億円は「魅力」代と捉えることができます。20億円を余計に支払ってでもこの企業を買いたいってことですね。会計上では、この20億円は「のれん」という無形資産として計上されます。
ただし、この「魅力」の価値は減っていくものと考えられています。日本基準では、その減少が毎期発生すると考え、減った分の「のれん」を費用として毎期計上する必要があります。一方、IFRSでは「魅力」は毎年価値が減るものと考えられておらず、実際に価値が減少したときだけ費用として計上します。そのため、毎期の費用計上をする必要がありません。そうすると、会計基準の違いで利益が変わってしまいます。つまり、日本基準を利用する場合よりも、IFRSを利用した場合に、利益が多く計上される可能性があるのです。
この可能性が日本企業全体で観察されるのかについて、統計的な分析を実施しています。また、ここで生じた会計数値の変化が会計の利用者にどう捉えられているのかを確かめるために、たとえば利益の変動が株価にどのように影響したか、というような分析を行っています。

「通説はくつがえる」こともある

編集部:これまでの研究のなかで、最もおもしろかった発見を教えてください。

海外の研究で「通説」とされていたものを日本の環境で改めて検証すると、異なる結果が出ることがありますが、それがおもしろいと思います。その1つに「相対的業績評価」というのがあります。この研究では、日本とアメリカでまったく逆の結果が出ています。

編集部:相対的業績評価について、かみくだいて教えてください。

会社の業績がよくなれば、そのぶん経営者には報酬が多く与えられることは当然だと思います。でも、もしかすると業績がよくなったのは、経営者が努力したからではなくて、景気が良いなどの、経営者の努力とは関係のない何らかの要因で生じた可能性があります。逆に、不況の状況では、経営者の努力に関係なく、企業の業績は下がることが考えられます。このような経営者の努力とは関係のない要因は、同じ業界内の会社の業績も同じように変動させることになるはずです。ならば、経営者がどれだけ努力したかを判断する際に、同業他社の業績も踏まえて相対的に評価してみようというのが、相対的業績評価です。

アメリカと日本では、真逆の研究結果に

編集部:アメリカと日本では、それぞれどのような結果が得られたのですか?

まず、自社の利益と自社の経営者報酬の関係は、日本とアメリカのいずれも、自社の利益が上がれば、自社の経営者報酬が上がるという結果が出ています。しかし、相対的業績評価に関しては正反対の結果が出ています。アメリカの先行研究では、相対的業績評価が前提とするように、自社の業績が下がった場合でも、他社の業績の悪化よりも軽微だった場合、自社の経営者報酬はそれほど下がらないという関係が見られます。これは景気が悪くなっている可能性があるのにもかかわらず、自社の業績がそこまで下がらなかったのは、経営者の努力によるものだと評価されるわけです。
一方、日本企業では、他社の業績が上がると、自社の経営者報酬も上がるという関係が見られます。他社の業績が上がっている状況では、他社の経営者報酬も上がっていることが想定されます。この他社の状況から、「うちの会社も、経営者報酬を上げていいんじゃない?」という意思決定がなされ、自社の経営者報酬を上げているかもしれません。つまり、日本では、経営者報酬に業界内での横並びの傾向が見られるかもしれないということです。これが事実なら、一般的に考えられている相対的業績評価とは異なったロジックが日本企業では働いていることになります。

実証分析の対象領域を広げて、研究を発展させる

編集部:今後、どのようなことを研究で明らかにしようと考えていますか?

私は現在「会計が企業の経営をどう捉えているか」について興味を持っています。IFRSを適用するにあたって、企業は何らかのメリットがあるからIFRSを適用したと考えられます。あるいは、IFRS適用にはデメリットも存在するかもしれません。この点については、IFRS適用での会計数値の変化を見ることでメリットやデメリットの存在を指摘できます。これは、会計が企業の意思決定や行動の変化をどう捉えているのかというエビデンスにもなります。
これまでの研究では企業の意思決定や行動をIFRSの適用という面から見ていましたが、今後は、雑誌『企業会計』2022年7月号の特集で執筆したような組織資本や、先ほど紹介した相対的業績評価のような他の観点からも分析して、広い観点から研究していきたいと考えています。

(了)

話者略歴

井上謙仁(いのうえ・けんと)
近畿大学経営学部講師。博士(経営学)。
専門は財務会計。
甲南大学マネジメント創造学部を卒業後、大阪市立大学大学院経営学研究科を経て、2018年4月に大阪市立大学大学院経営学研究科特任講師、2019年4月に近畿大学経営学部特任講師、2021年4月より現職。
主な著書・業績に『実務に活かす管理会計のエビデンス』(共著、中央経済社、2022年)、『販売費及び一般管理費の理論と実証』(共著、中央経済社、2017年)、「ジェネリック戦略は財務指標から測定できるか?:Banker, Mashruwala, and Tripathy (2014) の追試」『会計科学』(共著、2020年4月)など多数。

※所属は記事公開時点のものです。