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なぜ行政書士はDXをしないのか|【連載】行政書士DX:自由と規制の問題(第1回)

はじめに

2023年1月から建設業許可申請業務等で電子申請が始まったにもかかわらず、なぜ行政書士はDXをしないのでしょうか。
行政書士DXのメリットはたくさんあります。私は、デジタル化、規制、AIについての研究を続けてきましたが、その中で気づいた行政書士DXの問題や課題をまとめたものが本連載です。全5回(予定)にわたって、行政書士DXについて検討していきますので、ぜひ、お付き合いいただければと思います。これからの行政書士の役割についての一考としていただくことを切に希望します。ただし、行政書士DXに残された時間はわずかである点は強調しておきたいと思います。
社会ではDXの話題が一段落し、関心は自由と規制の問題に移っています。その間、AIについての議論も深まりました(ただし、その実装は進んでいません)。これまでは、AIの発達により行政書士は不要になるという不毛な議論がなされてきましたが、現在はその不毛さから脱却して、行政書士の真の役割とは何かという議論が盛んになされるようになっています。自由と規制の問題、AI・量子コンピュータ社会の実現時において遅れをとらないようにしているのです。

1 定型化が進む行政書士業務

私は過去の著書等において、たびたび、行政書士業務の定型性・成熟性について言及してきました。建設業業務等許認可業務、契約書作成業務、遺言・相続業務等の行政書士の伝統的業務は集大成を迎えていて、定型的業務であるという説明をしてきました。
契約書作成業務に関しては、弁護士業務との兼ね合いで、DXの意識は高まっているように見えるものの、それ以外の定型的業務のDXは遅々として進んでいません。
DXというと、既存のハードウェアを前提とした業務のソフト化のことと思われがちですが、この前提は崩れつつあります。量子コンピュータの登場で、DXの可能性はさらに広がろうとしているからです。
建設業許可業務のDXを例に見てみましょう。量子コンピュータを使えば、顧客に必要事項を入力してもらい、行政書士が情報を整理して、「5秒」で必要な情報が行政庁に届きます。契約書作成業務も同じで、顧客に必要事項を入力してもらい、行政書士が情報を整理して、「5秒」で電子契約書が出来上がります。
ここでの一番のポイントは「5秒」というスピード感です。入力してから結果が出るまでの“もぞもぞ感”がなくなるのです。より具体的な量子コンピュータの例として、三菱UFJ銀行のバンクイックというカードローンがあります。申込時に必要事項を入力するところは改善の余地があるものの、審査結果が出るまでがとにかく速いのです。これを敷衍ふえんすれば、量子コンピュータが汎用技術になった時代のDXがイメージしやすいと思います。三菱UFJ銀行の例を取り上げましたが、これは偶然ではありません。三菱UFJ銀行は、量子コンピュータの研究に積極的に取り組んでいる企業の1つなのです。

2 生産性を高めること

ここまでお読みいただいて、業務の定型化は進んでいるのにDXは進んでいない行政書士業界の実情に気づかれたと思います。
DXの目的はいろいろ語られていますが、行政書士にとっては、「生産性を高めること」という理解をしておけばよいと思います。大部分の行政書士は、中小企業の成長を支援することを業務としています。現在では、ファンドが支援するような高度生産性を有するスタートアップやベンチャーも存在しますが、行政書士が支援する中小企業は、まさに零細な事業所です。そのため、行政書士にとっては、中小企業の成長はすなわち生産性の向上です。行政書士として生産性の向上を支援することを使命とするならば、まずは自らの業務の生産性の向上を意識すべきです。中小企業の生産性について問題意識を持っているならなおさらです。行政書士が、自身の業務のDXを進め生産性を高めないならば、中小企業の生産性の向上はないといえます。

3 量子コンピュータの登場

イノベーションの向上は指数関数的です。指数関数的とは、最初はそろりそろりとイノベーションの向上が目に見える形で生じ、ある時点を境に爆発的に向上するというものです。イノベーションは人を欺くのです。
量子コンピュータもまた然りです。今は鳴りを潜めていますが、ある時期にドラスティックに量子コンピュータの時代が到来します。今の研究開発のスピードからいえば、その時期は近いのではないかと思います。
量子コンピュータと何度も述べていますが、決して難しいものではありません。量子コンピュータは、同時に並行して計算できるコンピュータです。現在の“古典的”コンピュータは、解を求める際に総当たりで点検していくのに対し、量子コンピュータは、解を求める際に一度に計算できるのです。例えば256通りの問題がある場合、古典的コンピュータは256回計算するのに対し、量子コンピュータは256通りの問題に1回の計算で解を出します。解を出すのが圧倒的に速いのです。古典的コンピュータでは解けない自然界の仕組みなども、量子コンピュータでは解けるようになるともいわれています。
DXに関しても、現在ではできないことが、量子コンピュータの登場でできるようになるといえます。例えば、古典的コンピュータにおけるもぞもぞとした待機時間のゼロ化などです。こうしたハードウェアの進歩にあわせて、ソフトウェアの分野でもさらなる進歩が見られることでしょう。

4 なぜ行政書士はDXをしないのか

行政書士DXの可能性は無限に広がっています。しかし、建設業許可等の電子申請は始まったばかりで、許認可系のDXは緒についたばかりです。
行政書士は資格職のせいか、資格が参入障壁として働いているため、なかなかDXの必要性に気づきづらいのが実情です。AIが注目を集め始めた当初は、行政書士不要論がまん延しました。これが行政書士DXが進まない背景となっているのでしょう。行政書士不要論は、正確には、生産性の低い行政書士はリストラクチャリングの対象になるということです。こういった世間の風当たりの面からも、行政書士の生産性を高める必要性が認められることに気づかれたかと思います。
指数関数的イノベーションの動向もあります。量子コンピュータの実用化は、行政書士に何をもたらすのでしょうか。生産性を高める方向に背中を押されるのは間違いないです。行政書士DXに残された時間は少ないと思っておいたほうがよいでしょう。

5 AIとの関係

本連載は、行政書士の将来についてのものなので、AIの技術的要素を詳論することはしませんが、行政書士DXの目的には、AIとの関係も絡んできます。
行政書士DXにより、高度化したAIをスムーズに導入できるのです。そのためには、行政書士DXにより、その素地をつくることが必要不可欠です。量子コンピュータの登場で、AIはアルゴリズムの高度化により、そのインターフェイス等においてさらに高度化します。この時代の恩恵を取り入れないという選択肢はなく、行政書士DXにより、高度化したAIをスムーズに導入する素地を作っておく必要があるのです。

著者略歴

林 哲広(はやし・あきひろ)
行政書士林哲広事務所 代表
九州大学大学院修了(経済工学)、国家公務員Ⅰ種試験経済職合格。
デジタル関係、規制、AIの研究を続け、行政書士ひいては士業業務のこれからの展開に関心を寄せている。
著書に、『改訂版 知財関連補助金業務の知識と実務-補助金・助成金を活かした知財経営-』(経済産業調査会、2022年1月)、『知的財産権の管理マニュアル』(追録)(第一法規、2022年12月)がある。

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