行政書士DXとAI|【連載】行政書士DX:自由と規制の問題(第3回)
1 AIの汎用技術化
本連載は、AIについての解説を主旨とするものではなく、行政書士の将来について記述するものです。そのため、行政書士DXとAIの関係について、ポイントを絞って述べることにします。まずは、AIの汎用技術化についてです。
汎用技術とは、新しいアイデアやテクノロジーの中で多くの産業分野に重大なインパクトを与える可能性を秘めたすそ野の広いものである、と定義されます。別の言い方をすれば、1回限りの利益をもたらす単発のプロジェクトとは違い、イノベーションの継続的プロセスであり、仕事、職業、企業組織に変化をもたらすものです。
少しわかりにくいかもしれないので、汎用技術の例として、電気をあげてみましょう。発明されて以来、電気は産業、仕事、職業に広がりました。また、本を読むにも電灯が必要ですし、パソコンはもちろん家電製品にも電気が必要となりました。
このように、人間の身の回りのあらゆる物に電気が行きわたり必要とされるようになることを「汎用技術化」といいます。
では、電気と同じくイノベーションであるAIはどうでしょうか。AIの開発が進み、銀行では与信審査にもAIが普通に使われており、また、Amazonのレコメンド機能にもAIが当然のように使われています。私たちの身の回りにおいても、コンビニエンスストアでAIが使われたりしています。
また、最近では、ChatGPTの登場もありました。つまり、AIはかなりの程度普遍化してきており、このまま量子コンピュータの登場でもあれば、普及の程度は一気に進むと考えられます。AIが汎用技術となるのは間違いないでしょう。
AIが汎用技術となるときには、もちろん、行政書士の仕事の側にAIがいることになります。それはロボットの形でいるかもしれませんし、建設業電子申請のシステムの中に組み込まれて活躍しているかもしれません。「5秒」で建設業許可申請が完結する仕組みの中にAIが量子コンピュータとの組み合わせで存在し、顧客の便益に貢献している姿が容易に想像できることでしょう。
2 知能による支配
「知能による支配」は、考え方というより歴史的事実です。虎は怖い、噛まれたら死に至る、しかし、このような虎を支配しているのは人間です。それは、人間のほうが知能が上だからです。
では、現代知能の代表であるAIの場合はどうでしょうか。AIは人工知能ですが、現在はまだ人間のほうが知能が上であるため、制御できています。しかし、いつしか、AIの進歩によりAIの知能が人間の知能を超え、AIが人間を支配するようになるのではないか。このような懸念が存在します。
AIが汎用技術となり人間の知能を超えるとしても、AIを用いて人間のやりたいことができるようになるという目的が達成されるのであれば、つまり人間が、人間の知能を超えるAIを制御したいと考えるのであれば、何ら問題はないでしょう。ただし、その常態に行き着くまでには、紆余曲折が予想されます。
行政書士が仕事をしたくないというのであればそのような希望がかなう世の中になるでしょうし、日常の雑事から解放されて仕事に没頭したいと考えるのであればそのような希望がAIによりかなうでしょう。ただし、いずれにしても、希望をかなえるためには努力が必要です。行政書士が自らの生産性を高める必要があるというのもこの努力の一環です。AIと量子コンピュータを用いた行政書士DXを実現することこそ、自らの希望をかなえる時代の到来への架け橋となるでしょう。AIはイノベーションですが、このような泥臭い「ドラマチックすぎる本能」の支配する領域もクリアできなければ実装化の進捗はないのです。
3 AIにより生じたパイの分配
このようにしてAIが行き着くところまで行き着いたとき、経済は余剰(付加価値)を生じさせるでしょう。この余剰は、国民にどのように行きわたるのか。これが、AIにより生じたパイの分配の問題です。経済成長で生じた余剰は国民すべてに行きわたるという法則は存在しません。昨今生じている問題は、貧富の格差の問題です。自由化により生じた余剰は、国際的ファンドなど経済の上部層にほぼ流れました。このため、貧富の格差が顕著に表れたのです。この間題は、岸田政権の所得再分配論で取り組まれています。この間題が解決されないままでいると、AIにより生じた余剰は、自由化により生じた余剰と同じく、経済の上部層に不公平に流れていくだけです。つまり、この間題が横たわっている以上、AIの進歩・実装は「ない」といえます。これがどういうことを招来するかというと、世界における1人あたりGDPがさらに低下するということです。つまり、日本はさらに貧しくなり、国際的地位の低下が避けられなくなるでしょう。
行政書士DXをAIと量子コンピュータで実現したいとしても、現在の経済状況では進捗はできません。行政書士DXで得をするのは経済の上部層の人々「のみ」だからです。現在は、AIと量子コンピュータがイノベートしていないというのではなく、貧富の格差のため実装ができない、そのため、行政書士DXで行政書士自らの生産性を高めることができないという矛盾した環境にいるのです。この貧富の格差の問題の解決が図られ、AIの実装が可能になれば、一気にAIの汎用技術化が進む、つまり、指数関数的爆発が生じるといえるでしょう。そのときになって慌てても遅いのです。目の前の動向はともかく、将来のAI・量子コンピュータのハイブリッド時代に今から備えておく必要があるでしょう。
4 シンギュラリティ論
シンギュラリティとは、人間の手を加えなくてもAIが自発的に学習し、自己の性能を高めるサイクルに入るという考え方です。一部の人々によって唱えられていますが、現在は生じていないシンギュラリティが将来的に生じるかは現段階では不明です。
5 量子コンピュータによるAIの高度化
量子コンピュータの分野では、アルゴリズム(解法)の研究開発に特に力が入れられています。AIもプログラミングにより成り立つ以上、このアルゴリズムの研究開発の結果に大きく影響を受けます。例えば、線形アルゴリズムなどAIに関係するアルゴリズムの高度化は、AIの飛躍的発展を導きます。量子コンピュータの開発競争は激化しており、AIの飛躍的発展は間近でしょう。
行政書士の関係でいえば、行政書士DX、例えば建設業許可電子申請のシステムにおすすめ機能が高度化して標準装備され、データ入力作業が大幅に削減されるといったことがあげられます。これは、例示の1つに過ぎません。「5秒」で完結する建設業許可電子申請システムにより、行政書士の生産性を高める要素は数多く満ちているのです。
バックナンバー
第1回 なぜ行政書士はDXをしないのか
第2回 行政書士DXによる業務の変容
著者略歴
林 哲広(はやし・あきひろ)
行政書士林哲広事務所 代表
九州大学大学院修了(経済工学)、国家公務員Ⅰ種試験経済職合格。
デジタル関係、規制、AIの研究を続け、行政書士ひいては士業業務のこれからの展開に関心を寄せている。
著書に、『改訂版 知財関連補助金業務の知識と実務-補助金・助成金を活かした知財経営-』(経済産業調査会、2022年1月)、『知的財産権の管理マニュアル』(追録)(第一法規、2022年12月)がある。