【インタビュー】実務家が感じる「何となくこうだよね」を、1つひとつ研究で確かめる|話者:酒井絢美先生(立命館大学・食マネジメント学部 准教授)|会計研究のフォアフロント
ゼミでは映画タイアップやSNSを絡めた企業分析も
これまで、主に財務会計と監査論を専門領域として研究を進めてきました。最近はコーポレートガバナンスにも興味を持っています。現在は立命館大学の「食マネジメント学部」に所属していますが、一見、「食」に特化している学部なので会計と関係なさそうに見えるかもしれません。でも、食に関して総合的に学べる学部ですので、フードマネジメントという領域で、アカウンティングという科目を中心に、簿記や管理会計など会計学関連全般の授業やゼミを担当しています。
フードビジネスを展開する企業を研究テーマに取り上げる学生が多いです。たとえば、SNSでバズったり炎上したりした食関連企業の株価を調査する研究や、実家が食関連の自営業であることからそのデータをもとにコロナ禍での地方自治体の施策を検証するといった研究、飲食業の企業が映画やゲーム等のタイアップキャンペーンを実施したときの売上の伸び率を分析する研究などを行う学生もいました。
小さい頃の夢と学部時代の興味関心を両立させようと研究者に
研究者になりたいというより前に、もともと小さいときから教員になりたいと思っていました。小学生や中学生くらいの頃から、本を読んだり、文章を書いたりするのが大好きで、当時の将来の夢は国語の先生でした。そのため、大学では文学部に進学しようと考えたこともあったくらいです。
その一方で、公認会計士として働く父の影響もあって、会計やビジネスを学ぶことにも漠然とした興味があり、悩んだ末に商学部への進学を選択しました。入学すると、周囲には公認会計士試験を目指す友人も多くいて、彼/彼女らに刺激を受けるなかで会計学やビジネスへの関心が深まりました。ただ、自分がこのまま一般企業に就職していくことへの違和感もあったのです。そこで、子供の頃からの夢だった「教員」と学部で学んだ「会計学」を両立できる仕事として、大学の教員になりたいと考えるようになりました。今考えると、安直なのですが……。
そうですね。学部のゼミでお世話になっていた瀧田輝己先生(当時:同志社大学商学部教授、現:同志社大学名誉教授)に進学を相談したところ、京都大学の徳賀芳弘先生(当時:京都大学経済学部教授、現:京都先端科学大学経済経営学部教授)をご紹介いただいて京都大学経済学研究科の博士前期課程を受験しました。最初は徳賀ゼミのレベルが高くて、ついていくのに精いっぱいでした……。今だから言えますが、隠れて泣いていましたね(笑)
実務家の「何となくこうだよね」を、研究でエビデンスに
大学院へ進学後、徳賀先生には監査論に関する研究をすることを考えているとご相談申し上げておりました。あるとき「監査人の交代」に注目してみてはどうかとアドバイスをいただいて、それからは博士課程はもちろん、今にいたるまでこのテーマを軸に研究を進めています。
すべての上場企業は、監査人(公認会計士が所属する監査事務所や監査法人)による監査を受けることが金融商品取引法によって義務づけられています。上場企業にとって監査人は第三者なので、理論的には誰がチェックしても企業の財務数値には影響がないはずですよね。
でも、実際に監査業務に携わる公認会計士の肌感覚からすると、「監査人が代われば財務数値に影響が出るのは当たり前」となるようです。
つまり、理論と実務家の感覚とが必ずしも一致していないわけですね。これはどういうことなのかを、交代前後の財務数値を分析したり、交代の理由を細かくリサーチしたりして、総合的に解明したいと考えました。研究の結果としては、監査人が交代すると財務数値にもその影響が表れるといった、実務家の感覚とリンクした結果が導き出されています。
実務家が当たり前だと認識していることや、「何となくこうだよね」と思っていることを、1つひとつ研究で確かめていくという研究も必要なことだと考えています。実務とのリンクは常に意識しています。
大学教員は働く時間を調整しやすい!?
博士課程へ進学したときに結婚して、1年目の終わりに長男の出産を経験しました。そのため、大学を1年間休学して1年後に復帰したので、勉強のブランクも大変だったのですが、育児と両立させながらの研究が大変でしたね。会社員と同じように、朝に子供を保育園に預けて大学で研究して、夕方お迎えにいって……という生活を2年間続けて学位論文を書き上げました。とてもお昼の時間だけでは研究が進まないので、寝かしつけたあとも研究の続きをして、夜泣きがあれば寝室へ行って、寝かしつけて仕事部屋へ戻って……の繰り返しでした。
海外での学会報告や週末の研究会への参加なども大変なのですが、夫が積極的に協力してくれるので助かっています。土日に学会や研究会があるときは、平日は私が子供たちの面倒をみて、週末は夫におまかせみたいにやりくりしています。
また、一概には言えないかもしれませんが、大学の教員は働く時間を調整しやすい職業のように思います。もちろん担当する授業や会議はありますが、会社員のように業務時間が決まっていないため、子供を寝かしつけたあとに研究したり仕事の続きができたりもします。女性にとっては自分のペースで働きやすい職業だと感じています。とくに立命館大学では、子育て世代の教員を応援する制度もあって、満2歳までの子供がいる教員が申請すれば、授業のコマ数の負担が軽減されたり、1限目または5限目以降の授業は担当しないといった配慮をしてもらえます。ワークライフバランスのサポートにはかなり積極的な印象です。
今後は、「食」と「会計」が交わる研究も視野に
今所属している学部に関連して、食と会計にかかわる研究をしていきたいと考えています。フードビジネスを展開している企業は、株主優待を導入している割合がとても高いので、具体的な展望でいうと株主優待に関する分析に取り組んでみたいですね。
たとえば先行研究では、株主優待を導入した企業は、個人投資家の割合が増えるという結果が出ています。そこからもう少し踏み込んで、株主優待のあり/なしだけでなく、株主優待制度の内容による違い、コーポレートガバナンスへの影響はどうなのか、といった点に興味を持っています。
まだまだ構想の段階ではありますが、ゆくゆくはそれらの研究を監査とも絡めていきたいところです。
(了)
話者略歴
酒井絢美(さかい・あやみ)
立命館大学食マネジメント学部准教授。京都大学 博士(経済学)。
2007年に同志社大学商学部を卒業後、2009年に京都大学大学院経済学研究科博士前期課程を修了、2013年に同博士後期課程を修了。2014年に同志社大学商学部助教、2019年より現職。
専門は財務会計と監査論。
主な著書・業績に『財務報告論(第2版)』(共著、中央経済社、2020年)、『京都企業―歴史と空間の産物』(共著、中央経済社、2016年)、「中小監査事務所の監査品質とクライアントのビジネス・リスク」『会計プログレス』(日本会計研究学会、2016年)など多数。
※所属は記事公開時点のものです。