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【インタビュー】税務に社会保険の知識って有用?|『税務弘報』2023年4月号特集 税理士事務所が知っておきたい社会保険の基礎知識

はじめに

■税理士だったら、社会保険についても、これくらいは知っておいてください

編集部:まず、最初にお聞きしたいのは、税理士あるいは税理士事務所、会計事務所であったら、社会保険についても、これくらいは知ってて当然という知識は、ザックリどの程度でしょうか?

田島:そのご質問は、税理士事務所の所長さんがお答えするのがベストだと思いますが、あえて、申し上げれば、毎月の給与計算に関係する部分ですかね。

編集部:なるほど、たしかに税理士事務所の所長さんに事前にお聞きしておくべきでしたね。失礼しました。
親切にお答えいただきました「毎月の給与計算」といいますと、具体的には、厚生年金や健康保険の天引き部分でしょうか。

田島:そうですね。おそらく税理士事務所で、給与計算業務を受託していらっしゃるところは多いと思います。そうした事務所ですと、毎月の保険料の決め方とか、賞与の時の計算手続などは知ってて損がないというより、知らないと業務に支障をきたしかねないと思います。

社会保険と労働保険の定義

■社労士が扱う社会保険って?

編集部:先生方が扱われる給与計算の際の社会保険というのは、厚生年金と健康保険でよろしいでしょうか。

田島:そうですね。個人事業主の方が加入する国民年金や国民健康保険の手続は、原則、市役所や区役所が窓口になり、ご自身でするほうが早いので、社会保険労務士事務所が代理をするケースは稀ですね。

編集部:そうしますと、個人事業者からの国民年金や国民健康保険についての相談は、税理士事務所のケースが多いということになりますね。
税理士事務所以外に、社会保険労務士事務所まで顧問契約を結ぶようであれば、法人化しているでしょうから、必然的に厚生年金と健康保険となるわけですね。
ということは、税理士事務所は国民年金、国民健康保険については、ある程度の知識を持っていたほうがいいということですね。

田島:どうでしょうか。そこまで考えたことはありません。
ただ、受託した個人事業主が国民年金と国民健康保険の加入者である場合に、従業員が5人以上であれば当然ですが、厚生年金、健康保険への変更を勧めるケースはありますね。
国民健康保険は、健康保険と比べて給付の内容が薄いんですね。例えば出産の場合は、健康保険にあって国民健康保険にはない給付がいくつかあります。
なので、就職したら「健康保険への加入」ができる会社を選ぶ求職者が増えています。私たちは、個人事業主のお客様が求人で困っているようなら、タイミングを見て、国民健康保険から健康保険に切り替えませんか、という話をさせていただくことがあります。

編集部:なるほど、今のお話はマイナンバーカードがもたらした労働環境の改善の1つでしょうか。
以前ですと、雇い主が保険料等を折半で負担する厚生年金よりも、被保険者がすべて負担する国民年金への加入が多かった中小企業や個人事業主も、労働環境の改善へと動いているのですね。

■労働保険って?

編集部:社会保険と隣接している保険に、労働保険がありますが、こちらはどの程度知っておくべきでしょうか。

田島:労働保険というと、労働者災害補償保険、いわゆる労災保険と雇用保険を総称したものですね。
労災保険は業務災害や通勤災害による疾病や障害に保険給付を行うための保険で、すべてを雇い主が負担するものです。一方、雇用保険は、失業時や育児休業時の給付を行うために、一般的には毎月の給与の0.85%を雇い主が負担し、0.5%を労働者が負担する仕組みとなっています。
つきましては、毎月の給与計算に関係する雇用保険はそれなりに承知しておいたほうがいいでしょうね。

税理士と社労士の関係

■社労士と税理士はベストパートナー

編集部:社労士の先生方は税理士の方々と一緒にお仕事をするということを想定されているものなんですか。それとも税理士の先生方をあまり意識せず、税務は税務、社会保険は社会保険と一線を画して、社労士としての業務に専念するというか、余計なことはしないという感じでしょうか。

田島:私の事務所に関しては、税理士さんと一緒に進めていきたい、連携していきたいと考えています。なので、顧問先の社長さんに、顧問税理士さんに連絡を取ってもいいですかと、確認することが多いです。
私の事務所は、割と税理士さんからの紹介が多いというのもあって、普段から税理士さんとは交流が多いです。単独でお客様からの相談に対応するよりは、顧問税理士さんがいればその方も巻き込んで相談に対応していく進め方がいいよって、先輩からアドバイスされたこともあって、コンタクトが取れるのであれば、とにかく相談をしたいですね。
例えば、中小企業によくある役員報酬の変更のお話とかは税理士さんに相談したいですね。社労士への相談なので、年金がらみだったりするわけです。
その相談には、さまざまなパターンがあって、内容もさることながら、相談が舞い込むルートが多様なわけです。会社経理からだったり、その後税理士さんを経由したり、社長から直接だったりと本当に顧問先ごとにルートが異なります。相談のタイミングも事業承継の時だったりすると、色々と微妙な判断が必要とされるのに、事前に税理士さんの意見を聞いていない段階での相談ですと、かなり慎重に対応しなければなりませんから、税理士さんとちゃんと話し合って色々確認した上で、お答えしたいですね。

■社労士の世界でも役員報酬はトラブルメーカー?

編集部:そうなんですね。税務の世界では役員報酬、役員給与の話は問題が多い領域ですが、社労士の方々にとっても、役員報酬はトラブルメーカーですか?

田島:税務の世界ほど会社経営の根幹を揺るがすようなことはないと思いますが、知らないと、想定がかなり狂うことはありますね。例えば、役員報酬を下げる場合に、報酬を下げてもすぐに社会保険料が下がるわけではなく、5か月後に下がるので、その点を社長さんに話しておかないと「何で社会保険料が高いままなんだ。話が違う」ということになるんです。
また、夫婦で会社経営に携わっているケースで、65歳位の社長さんが役員報酬を下げて年金を多くもらおうと考え、その分奥さんを代表取締役にして役員報酬を上げたとき、例えば奥さんを年収1、000万円、社長さんは取締役にして、年収360万円で老齢年金を多くもらおうと思いつくわけです。
そうすると、もし病気や事故で旦那さんが奥さんより先に亡くなったときには、奥さんは遺族年金をもらえない可能性が出てきます。遺族年金が受給できる要件に、旦那さんが亡くなったときの奥さんの収入が850万円未満でないと生計同一と判断されないというものがあるので、こうしたことも考えた上で、役員報酬を決めないといけないんですよね。
こんな相談が来たら、まだまだ現役でバリバリ働くなら年金を受け取ることを考えずに役員報酬だけで、そろそろ引退したいのであれば、これを踏まえて役員報酬を決めるようにと私は思っています。

■中小経営者にとってもベストパートナー

田島:税理士さんから「そんな極端なことはやめてください」と社長さんにはっきり言ってもらって、奥さんの給料の値上げにしても上限800万円くらいにして、社長も上限800万円に収めるのが、いいのではないかと思います。
そういう方向に持っていくにも税理士さんの助言は大きいですよ。
それから、役員報酬の変更は、取締役会議事録も必要となりますので、いずれは議事録のチェックもしなければなりません。その場合も、多くは税理士さんや司法書士さんとかに相談して、議事録作成のお手伝いをしているケースが多いので、会社の社長さんに確認するよりも税理士さんに確認するほうが話が早かったりします。

編集部:おっしゃることに納得です。中小企業の経営者にとって税理士さんは力強いパートナーですからね。

外国人労働者が増えています

編集部:話は変わりますが、最近コンビニの店員さんで、外国人労働者の方が増えているように感じます。コンビニ以外でも外国人労働者の方々は増えているのでしょうか。

田島:私のお客様では、建設業とか飲食店とかサービス業などで増えているように感じますね。

編集部:外国人労働者の方々の手続は変わりますか?

田島:変わりませんね。正社員と同じように働いているのであれば、社会保険や労働保険には加入しなければいけません。日本人と一緒です。
ただし、留学生などの在留資格カードの範囲内で働くことができる資格外活動の許可をもらった人たちに対しては、社会保険や労働保険に入らなくていい短い労働時間であっても、ハローワークに外国人労働者の方々が働いているというのを届けなきゃいけないんですね。それが大変なんです。
在留資格カードの番号とか、いつ期限が切れるのかっていうことを調べてハローワークに送らなければならないんですね。本来であれば、雇用保険に入るからハローワークに届けるんだけど、雇用保険に入らなくても届け出なきゃいけないっていうルールがあります。

編集部:それって、社労士の先生方がやるんですか?

田島:やることになりますね。雇用保険の窓口ですから、ついでにやってよ、という雰囲気になります。もちろん、会社がやってくれる場合もありますので、ケースバイケースですね。

編集部:こちらで対応するとなると、外国人労働者、特に留学生が多い会社さんへの対応は大変ですね。

対面訪問は減少しています

編集部:ところで社労士さんは、顧問先に月何回ぐらい訪問されますか。届出事項が頻繁に発生すると訪問頻度も上がりますよね。

田島:その社労士さんによってだと思いますが、私はほとんど伺いませんね。開業当初からそんな感じです。

編集部:では社長の顔しか知らないみたいな感じですか。

田島:そうですね。とは言っても、相談があるって言われれば飛んでいきますよ。また、会社の組織風土によりますが、お客様によっては、従業員の方との交流があることもあります。
給与計算があっても全部メールや郵送でやり取りできてしまうので、訪問の必要がないんです。手続はほとんどが電子申請ででき、コロナの影響もあって、ハローワークや年金事務所などさまざまところで、訪問せずに済ませています。出向くのは労働基準監督署の臨検の立会などですかね。
もちろん、必要とあれば、どこでも伺いますよ。

マイナンバー&インボイスで大きく変わる労働環境

編集部:コロナのお話が出ましたが、コロナ禍はさまざまな経済取引の環境を大きく変えるきっかけになりましたね。同じように、社会保険の環境を大きく変えたのは、マイナンバーであり、これから導入されるインボイスであるように思います。
まずは、マイナンバーである程度ふるいにかけられました。コソコソ隠れてバイトやパートしていた方々や企業が炙り出され、社会保険に移行すべき法人成り企業が炙り出され、かなりの方々や企業が国民年金、国民健康保険から厚生年金、健康保険へ移行する判断をしました。
そして、今度はインボイスに登録しないと商売ができなくなっちゃうからしょうがなく、インボイスを登録するために会社の体裁を整えたりとか、もしくはもうそれができないんだったら、どこかの体裁が整った会社に所属して、厚生年金、健康保険に加入するという判断に迫られた個人事業主や中小企業経営者が結構いらっしゃるように映りますね。

田島:そうですね。建設業の世界は、一人親方的な方が多くいらっしゃいますから、そうした方々は、まずはインボイス発行可能な個人事業主になれるか模索して、無理だとなれば、系列の上の会社への所属を考えるわけですね。

編集部:そうした方々を受け入れる会社は、従来の若手の採用とは別の一人親方の採用枠といいますか、システムを考えないといけませんね。

田島:そうですね。でも、中には出所を明らかにしたくない人って結構いらっしゃるようです。数年前に、社会保険に加入している人しか建設現場で作業することができないと元請から言われて、下請けの会社は仕方なく一人親方的な方を多く加入させたのですが、結局、長続きせず、多くの人が辞めました。そうなると、受入れ側はキツイですよね。
世の中は、どんどん可視化の方向に向かって、緩い部分がなくなっていきます。この先は働き方改革で、残業代はちゃんと支払わなければ駄目だとか、パートさんに対しても同一労働同一賃金って言われている、要はパートだからといって、賞与を払わない、交通費を払わない、手当を払わない、退職金を払わないでは許されない世の中になっていくわけです。
同一労働同一賃金がきちんとできています、残業代もしっかり払いますっていうA社があって、一方、同業種のB社は、とにかく給料は高いけど、実態はブラックみたいだとなれば、B社の人は全部A社に行っちゃうっていう時代が来るわけです。
給料は目一杯出すから、国民年金で我慢して的な労働状況は許されない、特に若い人たちが許してくれないと思います。若い人たちが望む、安定した、余裕のある生活とは、お金じゃなくて時間的に余裕がある生活をしたいということのようです。
それに応えることができない会社は、採用が難しくなっていつも人手不足だったり、あるいはハラスメント問題として取り沙汰されるようなことが起きて、人材が定着しなくなるかもしれません。

ハラスメントに要注意

編集部:そうですか。ハラスメント案件になるんですか。そうした場合も社労士さんのお仕事になるわけですか。

田島:当然ですよ。男女雇用機会均等法や育児・介護休業法は、社労士の重要なテリトリーです。現在は結構な数の案件を抱えていますよ。

編集部:そうですよね。社会保険労務士ですものね。迂闊でした。そうしますと、相談はどなたから、どのような内容になるんですか?

田島:部下の従業員からパワハラを受けたって言われちゃったという上司がいて、その上司から報告を受けた社長さんだったりしますね。会社側の方からの相談ですね。
また、育児休業関連のトラブルで、労働局などから問合せがきたり、労働者本人が辞めたいと言い出したり、組合が間に入ったりしても、私たち社労士の出番だったりしますよ。弁護士さんが出てきたら、会社側も弁護士を立てますが、そうならないうちは、社労士の役回りですね。

編集部:そうしますと、就業規則や給与規程についてもかなり詳しいわけですね。

田島:そうした規則、規程の作成や改訂をバックアップするのは、まさに私たちの大きな仕事の1つです。色々な法律が改正されれば、その都度、改訂を打診したりしています。また、色々なトラブルが起きたときに活用できる就業規則を持っていただくように、機会があるたびにお客様に説明をしています。

編集部:なるほど、そうですよね。税理士事務所に知っていてもらいたい労働保険メインの企画もアリですね。需要がありましたらまたご登壇ください。

田島:承知しました。

編集部:本日は長時間にわたってお話しいただきありがとうございました。

2023年1月12日社会保険労務士法人 タジマ事務所にて

登壇者紹介

田島 雅子(たじま・まさこ)

社会保険労務士法人 タジマ事務所(市川支店担当)社員。特定社会保険労務士。
大手百貨店の人事教育担当を経て、1998年に夫が経営する社労士事務所を手伝うために退職。2001年、社労士試験合格。02年2月に夫と同じ事務所に開業。03年に、税理士法人と同じ場所にある現事務所へ移転。06年社会保険労務士タジマ事務所(市原本社と市川支店)に法人成りし、現在に至る。


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