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情報の有用性を維持しつつ、注記をどう集約又は分解するか|【連載】収益認識の期末注記対策(第3回)

【凡例】
収益認識会計基準、基準:企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
適用指針、指針:企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

本連載の意見にわたる部分は、筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではありません。

1.情報の有用性と目的指向のアプローチ

収益認識の注記は、内容が詳しければ詳しいほど、分量が多ければ多いほどよいというわけではないと思います。詳しすぎたり、分量が多すぎると、かえって何が重要かが不明瞭になってしまい、財務諸表利用者の理解を妨げる結果になる場合も考えられます。一方、情報のまとめ方が大雑把すぎても、財務諸表利用者の知りたい情報にならない可能性があります。「開示目的」(基準80-4、要約すると、財務諸表利用者の理解に役立つ情報を提供すること)に照らした注記という目的指向のアプローチがとられているのは、そのような状況を回避する考え方が背景にあるように思われます。

2.「開示目的」に関連する基準の定め

実際、基準80-6項では、「開示目的」に照らした情報の有用性と注記の集約又は分解について、以下のとおり定められています。

収益認識に関する注記を記載するにあたり、どの注記事項にどの程度の重点を置くべきか、また、どの程度詳細に記載するのかを第80-4 項の開示目的に照らして判断する。重要性に乏しい詳細な情報を大量に記載したり、特徴が大きく異なる項目を合算したりすることにより有用な情報が不明瞭とならないように、注記は集約又は分解する。

このほか、「開示目的」が持つ意味を補足する定めが基準には存在し、そのうち重要なものは次のとおりです。

3.IFRS適用企業はどのように全体構成しているか(日本基準による分析)

今回取り上げる事例(三菱商事)は、様々な業種業態、ビジネスモデルを併せ持ち、多種多様な財又はサービスを顧客に提供し、世界規模でビジネスを展開している連結売上高十数兆円の総合商社です。同社が収益認識に関する膨大な情報を、財務諸表利用者の理解に役立つ開示にするため、どのように工夫・整理されているのかをみていきましょう。

【事例】三菱商事株式会社:有価証券報告書 (2021年3月期)から抜粋

(1) 収益認識における5つのステップの適用と単位および金額の論点(全セグメント)

(下線とアルファベット記号は筆者による。)

「重要な会計方針」では、「顧客との契約から認識した収益」のみを記載し、全セグメントに共通する5のステップの適用を記載しています((a))。

(下線とアルファベット記号は筆者による。)

次の記載も、当該企業グループの全セグメントに共通する収益認識の対象(単位)((b))と金額((d))を記載しています。また、総合商社の収益認識に特に重要な影響を与えると推察される「本人と代理人の区分」の判定((c))が記載されています。

(2) 収益認識における時期の論点(全セグメントと特定セグメント)

(下線とアルファベット記号は筆者による。)

次に、「主要な事業における主な履行義務の内容」と「当該履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)」について、一時点で充足される履行義務と、一定の期間にわたり充足される履行義務、いいかえれば、全セグメントと、コンシューマー産業のフランチャイズ契約および産業インフラの工事請負契約に大別して、まず、全セグメントに共通する一時点での収益の認識を記載しています。すなわち、財又はサービスの具体的な内容((e))と収益を認識する通常の時点((f))を記載したうえで、支配移転の一時点を評価する際に行った重要な判断((g))を記載しています。

(下線とアルファベット記号は筆者による。)

そして、一定の期間にわたり充足される履行義務についても同様に、財又はサービスの具体的な内容((e))と収益を認識する通常の時点((f))を記載したうえで、一定の期間にわたって収益を認識する会計処理の方法を理解するための事項((h))を記載しています。

(3) 収益の分解情報

連結財務諸表注記事項の「24.収益(1) 顧客との契約から認識した収益の分解」(収益認識会計基準では「収益の分解情報」)において、「顧客との契約から認識した収益」と「その他の源泉から認識した収益」の金額の内訳をセグメント別に表形式で記載するとともに、表の下には次のとおり、「その他の源泉から認識した収益」の取引内容と準拠する基準を記載しています。

その他の源泉から認識した収益には、IFRS第9号「金融商品」に基づく収益(現金又は他の金融商品での純額決済又は金融商品との交換により決済できる非金融商品項目の売買契約について、商品の受渡時点において総額で計上した収益を含む)や、IFRS第16号「リース」に基づくリース収益が含まれています。

また、同表の下において、コンシューマー産業のフランチャイズ契約および産業インフラの工事請負契約により生じる収益の金額を明示して、「財又はサービスの移転時期(収益の認識時期)」の区分による分解情報がわかるようにしています。

前連結会計年度及び当連結会計年度において、コンシューマー産業セグメントの顧客との契約から認識した収益には、フランチャイズ契約に基づく加盟店からの収入がそれぞれ314,260百万円、288,480百万円含まれています。当該収入は店舗設備、什器備品のリースに係る受取リース料を含んでいます。
前連結会計年度及び当連結会計年度において、産業インフラセグメントの顧客との契約から認識した収益には、工事請負契約に基づき、工事の進捗度に応じて認識した収益がそれぞれ200,074百万円、315,491百万円含まれています。 (以下略)

(4) 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報

「(2) 契約残高」(収益認識会計基準では「契約資産及び契約負債の残高等」)において、契約資産及び契約負債が主に産業インフラの工事請負契約の履行義務から生じる旨と期首・期末残高等を記載し、「(3) 残存履行義務に配分した取引価格」において、取引価格の総額と収益認識見込み時期、そして、それが生じる主な契約内容を記載しています。

4.収益認識のストーリーの立て方

当該事例の場合は、「収益の分解情報」、「契約資産及び契約負債の残高等」、そして「残存履行義務に配分した取引価格」に関する記載においても、「重要な会計方針」の区分、すなわち、全セグメント共通と、コンシューマー事業のフランチャイズ契約および産業インフラの工事請負契約に関する履行義務の区分が根底にあり、これらの区分により首尾一貫したストーリーで収益認識の開示を行っていると推察されます。
財務諸表利用者に収益認識を説明するためのストーリーを立てる際には、「重要な会計方針」において次のような点を考慮するとともに、「収益認識に関する注記」においても首尾一貫した記載を行うことが開示目的に照らして有効であると考えられます。

  • ビジネス上の重要性(事業等のリスク、事業戦略上の位置づけや収益の金額と損益に与える影響等)が高い事業や履行義務にフォーカスしているか

  • 財務報告リスク(会計処理誤りや不正のリスク)が存在する事業や履行義務にフォーカスしているか

  • 全体として、基準等が定める会計処理の検討ステップに基づいているか

  • 特に、基準等を適用するうえでの重要な判断や不確実性と、それらの論点が存在する事業や履行義務が明確になっているか


Mazars有限責任監査法人のホームページでは、今回取り上げた事例に関する日本基準による詳細分析を掲載しています。本連載と相互参照してご一読いただければ幸いです。

収益認識に関する期末注記を作成する際の留意点 - Mazars - Japan
収益認識の開示(表示・注記)(5):IFRS任意適用企業の事例分析(論点編)③

なお、当該分析で取り上げている主な論点は、以下のとおりです。

筆者略歴

高田 康行(たかた・やすゆき)
公認会計士。会計に加え、内部統制・コーポレートガバナンスと開示が専門分野。2022年2月にMazars有限責任監査法人に入所し、主に上場企業に対する監査業務に従事するとともにナレッジ・コミュニケーション推進室で活動している。主な著書に「収益認識のポジション・ペーパー作成実務 開示、内部統制等への活用」(2021年7月)、「内部統制におけるキーコントロールの選定・評価実務」(共著、2010年6月)がある。

法人紹介

Mazars有限責任監査法人
グローバルに展開する日系上場企業への監査を主な得意分野とする、国内Top20規模の中堅監査法人。世界中に44,000人以上の構成員を有するMazars のワン・ファーム・コンセプトのもと、90か国以上にわたる広範かつ強固なパートナーシップに基づき、グローバル対応能力に長けた経験豊富なプロフェッショナルが、シームレス、かつ、深度のある監査・保証業務を提供している。

バックナンバー

第1回 重要な会計方針をどのように記載するか
第2回 重要な会計方針で何を記載するか


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