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行政書士DXと「自由と規制の問題」|【連載】行政書士DX:自由と規制の問題(第4回)

1 総論 

現在は、規制緩和の時代の真っただ中にあります。そのため、ルールの必要性がことさら高まっています。行政書士DXにおいても、ルールをどうするかを考えなければなりません。

2 イノベーションすなわち経済成長と所得の公平分配のジレンマ

自由と規制の問題は、ぎりぎりの議論と利害調整後の結果として現実の規制(ルール)が生じるという過程の厳しさがあります。そして、通信、医療、金融など本来的に規制の厳しい分野から、コンテンツなどすでに自由の厳しさに直面している分野まで、規制のありようについてさまざまな事情が存在します。そのため、個別の問題ごとに規制を考察しなければなりません。

現在、岸田政権において所得の公平分配が厳しく議論されています。そして、所得の公平分配の対極には、自由の成果たるイノベーションすなわち経済成長が存在します。わが国の1人あたりGDPが世界の25位前後という現実もあります。自由を重視し、イノベーションや経済成長に期待したことが、一方では、貧富の格差を助長したのです。

規制は従来、2種類に分類されています。安心・安全規制である社会的規制と、合理化を図る経済的規制です。昨今の社会的規制の例は、旧統一教会の件にかかわる一連の規制です。

3 知的財産に関する規制の程度の問題

イノベーションといえば知的財産です。そこで、知的財産にまつわる規制について、知財関連補助金を例に考察してみます。

知財関連補助金のうち外国出願補助金というものがあります。これは、外国に出願する中小企業を対象に助成するというものです。つまり、国内出願には適用されず、中堅企業にも適用されない補助金です。特許をはじめとする知的財産は、特許法等で形成されている産業の発達を目的とした規制(法律群)であるともいえます。その一環として、外国出願補助金が位置付けられる以上、このような規制の形となっているのでしょう。例えば、スタートアップが国内で特許を取ろうとするときはこの補助金の助成は受けられず、外国進出の際、外国特許を取ろうとする際に助成を受けられるのです。

知財関連補助金は、こうした国内特許取得での補助金はありません。あるのは、特許料と審査請求料の減免措置です。技術的思想を扱うため、補助金取得で動機付けするのは、産業の発達上望ましくないというのがその理由でしょうか。実務上、国内補助金のニーズは高く、将来的には国内出願や中堅企業への補助金といった規制緩和が検討されるでしょう。経営資源が少ない中小企業やスタートアップは、大企業のような出願戦略を採りえず、新規出願をあきらめる事態を招いているという事情もあります。

こうした事態を規制の程度の調整で解決しなければならないときが来るのでしょうか。

4 経済のネットワーク化の進展

こうした自由と規制の問題の背景として、経済のネットワーク化が進展していることを看過してはなりません。というのも、これが自由と規制の問題をさらに複雑にしているからです。

高度経済成長時代には、企業は、供給サイドのスケールメリット(規模の利益)を追求していればよかったのですが、経済のネットワーク化が進展している現在では、需要サイドの経済効果をも経営者は頭に入れておかなければならなくなりました。すなわち、市場のハイブリッド化です。

ネットワーク経済とは、市場が、リアル・ヴァーチャル、製品・部品にかかわりなくネットワークで充満する構造です。AIの進歩、ブロックチェーン技術の高度化に見られるように、ネットワーク化がものすごい勢いと質の高度化で進んでいます。そして、意識的・無意識的に、ネットワーク参加者は、自己の所属するネットワークの繁栄に努めなければならなくなりました。なぜならば、自己の所属するネットワークの価値の最大化が、自己に利益の高度化をもたらすからです。
これは、経済学的には、ネットワーク外部性(ネットワーク参加者が増えればそれだけそのネットワーク財の価値が高まるという現象)などの事象により説明されることになります。

5 ネットワーク経済における自由と規制の問題

すでに、EUにおいてはAI規制について実現に向けた議論がなされています。これは、AIが倫理的な問題をはらむものであるため、人権を保護しようとするものです。ネットワーク経済はAIの進歩を加速させるため、EUは、急ぎ規制したいということでしょう。
このため、今後、こうした人権擁護という名のもとの経済の需要サイドの安定化が課題に上がるでしょう。しかし、ネットワーク経済における自由と規制の問題はそれにとどまりません。技術的なセキュリティの問題など固有の問題もあるのです。
セキュリティが破られるならば、せっかくのイノベーションも無に帰することになります。ここにこそ、量子コンピュータにより進むAIの高度化などの規制の論拠があると思われます。

ネットワーク経済の動向にあわせて、自由と規制の問題も課題になっていることが理解できたと思います。イノベーションのニーズが高いものは、規制の議論の対象になりやすいです。ここに、これからの行政書士の存在意義があります。コンサルティングの対象は、経営者・企業だけではないのです。そのような時代がすでに到来しており、各県行政書士会は、行政との連携にやっきになっています。

こうしたネットワーク経済では、次々にネットワーク技術が開発されるため、現在、規制の策定がその数・質ともに華々しいです。高度経済成長時代では、欧米の策定する規制を当てはめていればそれで事足りていました。しかし、ネットワーク経済たる現在、策定プロセスを自前で行わなければならなくなっています。策定プロセスに参加して、自社の技術における利益の確定や自社の技術の埋没を回避する必要があるのです。
そして、フォーカスすべき点は、策定作業が始まったという時と場所の情報を確保することです。規制のたたき台策定が以後の規制の決定内容の命運を強く握るからです。利益にならない側の妨害で遅々として策定が進まないこともあるでしょうし、テクノロジーにとって有害な規制が策定されることもあるでしょう。こうした経営資源の必要とする策定プロセスですが、参加を避けられず、中小企業にとっては死活問題です。今後、行政書士の役割が高まることが予想される領域です。

6 解決急務な貧富の格差の問題

自由と規制の問題は、繰り返しますが、ぎりぎりの議論と利害調整のもと解決を試みるものです。つまり、最終的には、唯一正しい答えというものはなく、やってみないとわからないという賭けの要素を払拭できない問題です。
また、依存先の政府が、国際的ファンドの活動により脅かされたり、国際社会の難度の高まりから、国民の自由領域が縮小(前述のAI・イノベーション研究開発の停滞など)したりしてしまっていることに、国民は気づきます。そのため、規制を緩め自由を拡張することを志向されたりもします。所得の公平分配の対極にあるイノベーションによる経済成長の議論もこの延長にあります。

さらに、規制緩和の失敗の歴史的事実にも目を向けなければなりません。1990年代に規制を緩めたことは、国際的ファンドの自由な活動を促し、貧富の格差の問題を招きました。さまざまな取引規制が緩和され、国際的輸送コストの低下などとともに市場のグローバル化(国際化)を促したためです。このことは、現在の所得の公平分配が叫ばれることにつながっています。また、AIへの規制の議論をみてわかるように、イノベーションの停滞の根底にはこの規制緩和の失敗という経験則が横たわっているといえます。

7 「自由と規制の問題」への処方箋

以上のように、「自由と規制の問題」について見てきました。「自由と規制の問題」の根源には、二律背反現象が存在していることを理解していただいたと思います。ここにこそ、デジタル化・DXの存在意義があるといっても過言ではありません。デジタル化・DXは、二律背反現象を克服することをその使命としているからです。
アンドリュー・マカフィーのように二律背反現象を地球規模で捉えることから、中小企業経営者のように自社の経営課題として二律背反をDXで乗り越えようとしていることまで、二律背反現象はさまざまです。私は、この「自由と規制の問題」に対しては、デジタル化・DXの克服力をもって社会の亀裂を避けて多くの解決策を提案してくれることを期待しています。
また、幸い現在は、ネットワーク経済の真っただ中にあります。この環境を活かして、ネットワーク下のデジタル化・DXを社会全体として推進していくべきです。AIの発展も止める必要はありません。
さらに、行政書士も行政書士DXという強く安定した社会づくりに参加して、自己の役割を再確認することが必要であると確信しています。

話は戻りますが、二律背反現象に社会は振り回されています。それを克服し乗り越えることが真に求められており、デジタル化・DXを社会中で推進している意義を再確認していただきたいと思います。

また、イノベーションの進歩が、デジタル弱者を取り残すという議論があります。しかし、むしろ、イノベーションの進歩が、デジタル弱者を救う技術の開発を促すのです。
このような議論は、"誤った事実"に基づくものであり、デジタル弱者を取り残す結果を惹起することでしょう。この議論が、行政庁の政策決定の根拠とされているならば、大変危惧されるべきだといわざるをえません。

バックナンバー

第1回 なぜ行政書士はDXをしないのか
第2回 行政書士DXによる業務の変容
第3回 行政書士DXとAI

著者略歴

林 哲広(はやし・あきひろ)
行政書士林哲広事務所 代表
九州大学大学院修了(経済工学)、国家公務員Ⅰ種試験経済職合格。
デジタル関係、規制、AIの研究を続け、行政書士ひいては士業業務のこれからの展開に関心を寄せている。
著書に、『改訂版 知財関連補助金業務の知識と実務-補助金・助成金を活かした知財経営-』(経済産業調査会、2022年1月)、『知的財産権の管理マニュアル』(追録)(第一法規、2022年12月)がある。


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