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重要な会計方針で何を記載するか|【連載】収益認識の期末注記対策(第2回)

【凡例】 
収益認識会計基準、基準:企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
適用指針、指針:企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

1.KPIと重要な会計方針

KPIとは、Key Performance Indicatorの頭文字をとった用語であり、重要業績評価指標と訳されています。企業経営では、最終的な目標を達成する過程において、定量的な達成度合いを測る指標として使われます。たとえば、事業計画の策定時に売上計画の根拠として、新規顧客獲得数、受注数、受注率といったKPIが利用されています。

ただ、実際の売上高の金額や計上時期は、KPIの達成等の経営努力だけでなく、会計方針、特に会計上の判断に影響されます。そのため、重要な会計方針の注記は、財務諸表利用者が企業における売上高の計上、すなわち収益認識を理解するために役立ちます。

前回の記事の図表1で紹介した、重要な会計方針で少なくとも注記すべき2項目[(1)主要事業の主な履行義務の内容と(2)収益を認識する通常の時点(基準80-2(1)(2))]とその関連事項(基準80-14、80-18(1)等)、および重要な会計方針に含まれると判断される可能性のある項目例は、図表1のとおり整理されます。

[図表1]重要な会計方針の項目例

2.基準の構成と重要な会計方針の項目

図表1で挙げた項目例は、基準の構成、特に「Ⅲ 会計処理」の構成をその根拠としています。基準の目次を確認していただくとわかりますが、「Ⅲ 会計処理」の構成は図表2のとおりです。

[図表2]収益認識会計基準「Ⅲ 会計処理」の構成

まず、この図表2の「2.収益の認識基準」は、「①重要な会計方針で少なくとも注記すべき2項目とその関連事項(基準80-2(1)(2)、80-14、80-18(1)等、前回参照)」に対応しています。

図表2の「3.収益の額の算定」は、図表1の「②①以外の『収益を理解するための基礎となる情報』(主に基準80-15~80-17、80-19)」に対応し、図表2の「4.契約資産、契約負債及び顧客との契約から生じた債権」は、図表1の「③契約資産(基準10)と契約負債(基準11)等の内容および履行義務の充足の時期が通常の支払時期にどのように関連するのか並びにそれらの要因が契約資産及び契約負債の残高に与える影響(基準80-20(4))」に対応しています。

また、図表2の「1.基本となる原則」は、図表1の「④収益認識の基本となる原則と5つのステップの適用(基準16、17)」です。

そして、図表1の「⑤適用指針で定められた特定の状況又は取引における取扱い(指針34~89)および重要性等に関する代替的な取扱い(指針92~104)」は、基準の「Ⅲ会計処理」の定めを適用する際の補足的な指針とは別に特定の状況又は取引について適用される指針および基準の原則的な定めに対する代替的な取扱いであり、ともに5つのステップで整理されています。

以上の対応関係を整理すると、図表3のようになります。

[図表3]図表1の項目と「Ⅲ 会計処理」の構成(図表2)との対応関係

3.IFRS適用企業は何を注記しているか(日本基準による分析)

今回はソフトバンクの開示例をみていきたいと思います。ご存じのとおり、同社は、スマートフォンを中心に、私たちの生活にも身近なサービスを提供している企業グループです。スマートフォンの販売や移動通信サービスと各種サービス・オプションの組み合わせは多種多様で、さらに顧客や商流も異なるなど、多岐にわたったサービスを提供しているため、収益認識の論点も数多く存在すると思われます。

【事例】ソフトバンク株式会社:有価証券報告書 (2021年3月期)から抜粋

(1)コンシューマ事業における主な履行義務の内容

(下線と数字記号は著者による。)

まず、セグメント情報の報告セグメントと一致した事業の種類ごとに、主な履行義務の内容(企業が顧客に移転することを約束した財又はサービスの内容)から記載が始まっています(①)。

なお、前回と同様、この事例でも、収益認識の基本となる原則と5つのステップの適用については言及されていません。ただ、財又はサービスの内容を詳細に記載して、それぞれの5つのステップの論点ごとに(基準の取扱いに沿って)企業の置かれた状況を記載していることから、有用な情報が不明瞭にならないようにするため、基本となる原則等の記載を省略していると推察されます(基準80-6参照)。

(2)移動通信サービスおよび携帯端末の販売における重要な判断

(下線と数字記号は著者による。)

続いて、移動通信サービスおよび携帯端末の販売において、間接販売と直接販売という2つの商流があり、それぞれ「顧客」が異なることを記載しています(②)。このうち間接販売においては、「携帯端末の販売」の顧客は代理店であり、「移動通信サービスの提供」の顧客は契約者です。
ここで、間接販売の「顧客」を、代理店であると判断している点がポイントです。なぜなら、携帯端末の販売の顧客を代理店とするか、契約者とするかにより、収益認識の時期が異なってくるからです。

移動通信サービスにおいて、「契約期間」は、履行義務の充足に関する進捗度の見積り方法に影響するため、その定義を記載しています(③)。
また、この事例では、移動通信サービスの契約更新オプションを別個の履行義務として識別していますが、当該オプションを含む取引が別個の財又はサービスを提供する複数の履行義務であるか否かにより会計処理が異なるため、その判断の基準と会計処理を記載している(④)と推察されます。

(3)間接販売における重要な判断

(下線と数字記号は著者による。)

間接販売の携帯端末売上については、履行義務を充足する時点(収益を認識する時点)と、その時点をどのように判断したのかを理解できるようにする情報を記載しています(⑦⑧)。先ほど言及したとおり、誰を「顧客」と判断するかにより収益認識の時期が異なるため、代理店を「顧客」と判断した根拠が記載されています(⑨)。

一方、間接販売の移動通信サービスについては、履行義務の内容と性質を記載して収益を認識する時点が理解できるようしています(⑦⑧)。また、顧客の支払条件が取引価格に与える影響を記載しています(⑩)。

(4)直接販売における重要な判断

(下線と数字記号は著者による。)

直接販売では、収益認識の対象(単位)の判断が重要な論点であることが、⑪の記載からわかります。すなわち、携帯端末売上移動通信サービス収入および手数料収入は、それぞれ取引価格が別々に設定されていても一体の取引であることを示しています。

ここで、同社は、携帯端末売上、移動通信サービス収入および手数料収入について、別個の財又はサービスか否かの判定を実施し、携帯端末販売と移動通信サービスを別個の財又はサービスであると判断したことから、2つの履行義務が存在する旨を記載していると推察されます。
そのため、手数料収入は、契約を履行するための活動と判断し、履行義務として識別していないと推察されます(指針4参照)。

これら2つの履行義務について、独立販売価格による取引価格合計の配分、移動通信サービス収入に関する通信料の割引の取引価格の合計額からの控除、そして、独立価格販売価格の算定方法を記載しています(⑫)。

この会計処理の結果生じる契約資産と契約負債について、図表1②で紹介した「履行義務の充足の時期が通常の支払時期にどのように関連するのか並びにそれらの要因が契約資産及び契約負債の残高に与える影響」(基準80-20(4))を記載していると推察されます(⑬)。

そして、間接販売と同様、携帯端末販売と移動通信サービスの履行義務の内容と当該履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)等が記載されています(①⑦⑧)。

4.財務諸表利用者の理解に役立つ情報

今回紹介したソフトバンクの有価証券報告書(2021年3月期)「第2【事業の状況】」「3 【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】」の「(1) a.ⅲ主要事業データ」(移動通信サービス)では、移動通信契約の累計契約数、純増契約数、解約率・総合ARPUが記載されています。

売上高の金額や計上時期は、これらのKPIだけでなく、たとえば、今回の3.(2)(3)(4)のような会計上の重要な判断に影響を受けるため、その判断と関連する事業および履行義務の内容(財又はサービスの内容)について、定性的情報と定量的情報を「重要な会計方針」や「収益認識に関する注記」等で記載することは、企業の収益認識を財務諸表利用者が理解するうえで役立ちます。
 なお、第1回と第2回で解説した重要な会計方針の記載上のエッセンスと開示実務を結びつけるためのツールとして「重要な会計方針等検討シート」を作成しました。これは、拙著『収益認識のポジション・ペーパー作成実務 開示、内部統制等への活用』で取り上げた3つの開示例の重要な会計方針の記載例(同書PART2、Ⅱ 開示の作成実務、開示例①、開示例②、開示例③)をツールとして発展させたものです。ぜひご活用いただければ幸いです。


Mazars有限責任監査法人のホームページでは、今回取り上げた事例に関する日本基準による詳細分析を掲載しています。本連載と相互参照してご一読いただければ幸いです。

収益認識に関する期末注記を作成する際の留意点 - Mazars - Japan
収益認識の開示(表示・注記)(5):IFRS任意適用企業の事例分析(論点編)②

なお、当該分析で取り上げている主な論点は、以下のとおりです。

第3回はこちら

筆者略歴

高田 康行(たかた・やすゆき)
公認会計士。会計に加え、内部統制・コーポレートガバナンスと開示が専門分野。2022年2月にMazars有限責任監査法人に入所し、主に上場企業に対する監査業務に従事するとともにナレッジ・コミュニケーション推進室で活動している。主な著書に「収益認識のポジション・ペーパー作成実務 開示、内部統制等への活用」(2021年7月)、「内部統制におけるキーコントロールの選定・評価実務」(共著、2010年6月)がある。

法人紹介

Mazars有限責任監査法人
 グローバルに展開する日系上場企業への監査を主な得意分野とする、国内Top20規模の中堅監査法人。世界中に44,000人以上の構成員を有するMazars のワン・ファーム・コンセプトのもと、90か国以上にわたる広範かつ強固なパートナーシップに基づき、グローバル対応能力に長けた経験豊富なプロフェッショナルが、シームレス、かつ、深度のある監査・保証業務を提供している。


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