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【著者解説】中小企業は日本の砦(第3回・完)

中小企業経営者のみなさんが、自社の経営を考える際に役に立つ書籍『中京経済圏モノづくり中小企業の生き残り戦略―自動車部品・金型メーカーに学ぶ』。著者の村山貴俊さんによる全3回のnote連載です。


本書の最終章である6章では、中京経済圏のモノづくり中小企業5社の事例研究を踏まえて、中小企業の生き残りに向けた9つの戦略的視点を示しています。ぜひ、本を手にとって、6章だけでもしっかりと読んでいただければと思っています。ここでは、9つの視点についてごく簡単に説明します。

中小企業の生き残りに向けた9つの戦略的視点

(視点1) 競争圧力を回避できるポジションの確立
中小企業の経営者は、競争圧力の少ない、自社が有利に立てるポジションを発見し、そこに自社を導く必要があります。それこそが、戦略です。本書で取り上げた中小企業がうまく生き残れた理由は、経営環境の変化を読み取り、有利な市場ポジションで仕事をしてきたことにあると思います。

(視点2)ポジションを支える資源や能力の構築
各社は、そうした有利なポジションを獲得し維持できる資源や能力を地道かつ着実に構築してきました。また、独自の資源や能力は、有利なポジションでの競争に用いられるべきであるという視点も重要です。

(視点3)技術を収益につなげる営業力
独自の資源や技術は、市場で販売されることで収益に結びつきます。モノづくり中小企業は、営業が苦手といわれることが往々にありますが、技術から収益を得るためには強い営業力が必須となります。例えば、取引先の絞り込みや調達権限を意識した営業活動が求められます。

(視点4)海外事業拠点の多面的活用
自動車産業では、中小企業であっても積極的に海外に進出することが求められます。加えて、海外事業拠点を売上拡大やコスト削減のためだけに利用するのではなく、各拠点の人材をしっかり教育して本社の設計業務を支援させたり、新たな海外事業拠点の立ち上げを支援させたり、さらには系列外からの新たな仕事を獲得するための起点にするなど、海外事業拠点およびそれら拠点が有する人材や能力の多面的な活用こそが重要になります。

(視点5)環境変化を生き抜く適応力と柔軟性
経営環境が変化する中で生き残るためには、適応力、柔軟性、俊敏性が必要になります。その際、中小企業の小ささは武器になります。環境変化を適切に読み取り、経営者のリーダーシップのもと、柔軟かつ素早くポジションを変更し、資源や能力を再編していく必要があります。ただし過度にリスクを嫌い、適切なタイミングで必要な投資を実行できない中小企業もあります。

(視点6)成長の機会を与え人材の育成と定着を図る
人手不足の中で、中小企業は、採用した人材をしっかり教育し定着を図る必要があります。採用人数も少ないため一人一人の従業員の性格や能力を把握し、仕事ができるようになるまで丁寧に指導したり、仕事内容と人材の能力との適合性を根気強く見つけ出したりすることが大切です。国内の従業員だけでなく、海外拠点で採用した外国人従業員にも等しく学びと成長の機会を与えることも重要です。

(視点7)地域の特性を自社の強みとして活用する
中小企業は、地域の強みや特性を自社の強みの構築に結びつける必要があります。中京経済圏の自動車関連産業の集積は、その地域の立地する中小企業そして大企業の競争力に貢献していると考えられます。また、その集積の中に形成されている柔軟な人的ネットワークも武器になります。

(視点8)組織全体への戦略的思考の植え付け
中小企業の調査の中で筆者が感じた課題として、経営環境の変化に戦略的かつ計画的に対応するための態勢不足があります。社員全員で経営環境や事業環境の変化を予測し、その変化にうまく対応するための資源や能力を計画的に構築していける組織づくりが求められます。既存の資源の活用と新たな資源の獲得を両立できる両利き組織の構築も必要です。

(視点9)組織の強みを形式知化(見える化)して事業継承を進める
事業継承の困難性は、例えば、中小企業の経営が経営者の個人的特性に強く影響されることで生じます。また、企業の競争力の源泉が数多くの資源の複雑な組み合わせにあるため、その複雑な全体を継承することの難しさがあります。経営者は、それら資源の組み合わせや能力を形式知化し、後継者や後継者チームに計画的に移転していく必要があります。

本書の使い方と学び方

最後に、本書の活用法について説明します。

◆中小企業の皆様へ 

他社の経営を知る良い機会としてください。優れた企業の経営を比較対象(ベンチマーク)とすることで、自社の経営の課題を明らかにすることができると思います。また、6章で示された9つの視点を基準として、自社の経営をチェックしてみることをお薦めします。
例えば、有利なポジションで競争できているでしょうか。社員たちが一生懸命に現場の改善活動などに取り組んでいても、競争の圧力が厳しいポジションではそもそも高利益を実現することは難しいです。その場合、経営者は自社のポジションを見直し、必要があれば新たなポジションの発見と実現に取り組む必要があります。
良い技術や独自の技術を収益に結びつけられていますか。それを実現するのが営業力ですが、優れた営業力とは何でしょうか、それをどのように構築すれば良いでしょうか。
ぜひ本書に、それらの解答を求めていただければと考えています。また、本書は、会社が抱える経営の問題や課題に気づき、社内で議論するためのキッカケにもなると思います。

◆大学生の皆様へ

本書は、中小企業研究の重要かつ基本的なテーマとされる「資源の不足する中小企業が厳しい競争をいかに生き残るか」というテーマを扱っています。
序章では、自動車産業研究、経営戦略論、中小企業論の既存研究のレビューに基づき分析視角を示し、それら分析視角に依拠しつつモノづくり中小企業5社の経営と戦略を分析しています。
経営学の分析視角の有用性、そして分析視角を活用しながら企業経営を考えることの重要性が示唆されていると思います。特に、将来、中小企業の後継者になることを期待されている学生さんには、ぜひ本書を手に取って学んでいただければと思います。

著者紹介

村山 貴俊(むらやま・たかとし)

東北学院大学経営学部教授
専門分野:国際経営論、中小企業論、経営戦略論、経営組織論、観光経営論
経歴や研究業績の詳細は、researchmap(村山 貴俊 (Takatoshi Murayama) - マイポータル - researchmap)をご参照ください。

バックナンバー

第1回 目次
なぜ中小企業の研究が求められるのか
第1章 伊藤製作所高い技術力と経営者のリーダーシップ
第2章 明和製作所積極的な海外進出で競争力構築

第2回 目次
第3章 名古屋精密金型 技術変化を先回りして好機をとらえる
第4章 半谷製作所 技術力と営業力の融合で危機を乗り切る
第5章 ナガラ 家電から自動車への事業多角化で成長

第3回 目次
中小企業の生き残りに向けた9つの戦略的視点
本書の使い方と学び方

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